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2016年12月14日 (水)

■1214■

レンタルで、友人に薦められた『デス・プルーフ』。
Deathproof122820129年前の映画なので、「何をいまさら」と笑われそうだけど、これこそ300年後に残すべき映画でしょう。動機も根拠もないカーチェイスを、ただひたすら大真面目に撮りつづける。それを吸いつくように見ている俺は、いったい何がどう楽しいのだろう? この一瞬先、さらなる壮絶なクラッシュを、死人が出るのを期待してるんじゃないのか? たとえではなく、本当に脳から快楽物質が出つづけている。映画に巣食っている文学性や演劇性を、『デス・プルーフ』は力づくで追い出してしまう。

タランティーノが、映画の内側を清浄にするよりも、映画の外側にこびりついている垢や汚れを貪欲にフィルムになすりつけたいのは、よく分かる。映画の前編では、パーフォレーションの欠損によるコマの飛び、カットのブツ切りまで、丁寧に再現している。
その前編は、まさかと思うほどエグい、壮絶なカー・スタントによって、破滅的に幕をとじる。カー・スタントを成立させるために、シーンとセリフを全力投入しているので、ドラマ性は皆無。後編も同様。スタントマンの女性たちが登場するのは、カー・スタントを縦横に見せるための方便にすぎないので、そこを突っ込んでも意味がないし、意味がない映画に突っ込むのも野暮。意味なんてなくても面白いし、意味がないから、脳をつきぬけるほど面白いのかも知れない。

こんな衝動的で快楽至上主義で、アクションを見せるためだけに特化した、その結果、あらぬ方向へ純度の高まってしまった奇怪な映画(の形をした見世物)にまで、やっぱり「百点満点で○点」だとか「以下ネタバレです」だとか、「これまで使ってきた定規」を押し当てないと何も語れない保守的な人たちはいるんだなあ……。
作品の価値をはかる定規なんて、作品ごとに持ち替えるしかないと思うんだが、開け放たれた牢獄の扉からすら走りだしたくない臆病者が、世の中の大半なのかも知れない。

そういう臆病者ですよ。「廣田さんも映画好きなんですか? じゃあ、今年上半期のベスト10は?」とか聞いてくるヤツらは。今年の映画だけを見てるわけないだろ。50年前の映画だって今年の映画だって、レンタル屋に行けば、同じ棚に同じサイズで並んでるだろ? それなのに、ひとつひとつ意味や定義や形式、考え方や表現のしかたが違っているから、いっぱい見るわけだろ?
いままで使っていた定規を、今夜、捨てられるかも知れない。新しい定規が手に入るかも知れない。だから、映画を見ているんだけど。


いつも、そこで食い違う。
オタク的な趣味をもっていると、必ず「知らないの?」「俺のほうが知ってるよ」と、知識量のマウンティングが始まる。いくら知っていても、自分の価値観や生き方が変化する可能性を考慮しなければ、知っている意味がないんではないだろうか。

だけど、多くの人にとっては、「変わらない」ために、趣味や創作物が必要みたい。
オタクの人は、愛情に恵まれずに育ったり、つらい幼年時代をすごした末に、二次元の世界を避難所にした場合が多いように思うので、温室を確保しておきたい気持ちは分かる。
もともと足場が心もとないのに、地面から揺さぶられたくはないだろう。世界は平静で安全で、これ以上は悪くなりようがないのだ――と、信じたいだろう。

でも、それでは結局、負けてしまう。
僕は、どんな衝撃にも備えておきたい。どんなに世界が悪くなっても、同じ方向へ折れはすまい。だから、正反対のように見える価値観を身につけておきたい。ウソも本当のうち。本当もウソのうち。矛盾を受け入れ、最悪に備えたい。最悪に備えていなければ、最善も最高も迎えられないと、僕は信じている。

(C) 2007 The Weinstein Company

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