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2016年10月30日 (日)

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アニメ業界ウォッチング第26回:アニメーションの作品イメージを、ロゴやパッケージで印象づける デザイナー、内古閑智之インタビュー!
T640_714407 『ゼーガペイン』BD-BOX、『ゼーガペインADP』関連のパンフやブックレット類すべてを担当してらした内古閑さんにインタビューしました。内古閑さんはパッケージまわりだけでなく、『ADP』劇中のモバイル・ディスプレイや作戦時のモニター・グラフィックも、デザインしてらっしゃいます。
こういう立場の方も、いまのアニメ市場を支える力だと、僕は思っています。


金曜夜は、新宿ピカデリーで『ゼーガペインADP』オールナイト。
仕事としては、トークショーで使われる質問項目を、バンダイビジュアルさんからの依頼で考えさせてもらった。ステージでは、キャラクターのネーミングについて新しい説を聞けたし、トーク後に、楽屋にハタイケヒロユキさんがいらして、「いい質問ばかりだ」とおっしゃってくれたので、とりあえず良かった。
風邪っぽかったのでトークショーだけ見て帰るつもりが、関係者席として用意されていたプラチナシートの居心地があまりに快適なので、朝まで『ゼーガペインADP』+2本の総集編を見て、帰った。

葛西臨海水族園の『ゼーガペインADP』原画展も、ひとりの客として見にいったし、夏から秋にかけての趣味と仕事が混在した『ゼーガ』づくしの日々も、一段落。
個人的には、ゲンロンカフェ「ゼーガペインをSFから読み解く」が、衝撃すぎた。作品との距離感、作品の役割と応用の仕方……あまりにも学ぶべきことが多すぎた。「こんな物事の捉え方があるのか」と、思考がアップデートされた気分。


『RWBY volume2』、ちょっと高価な初回限定版を購入。世界観やキャラクターに関するデータがぎっしり掲載されたブックレットが封入されていたので、これを買って正解だった。
2年前に、公式チャンネルで本編が公開されている。とにかく、8分25秒あたりから始まる、たたみかけるようなアクション・シーンを見てほしい。

セル・シェーダーなんだけど、コマ送りで見ると、キックした足の輪郭がブレて描かれている。3Dモデルの上から、描き加えたんだろう。
しかし、唸らされるのは、それぞれのキャラクターの武器と特技を、ときには制約として使い、すべてのキャラクターの動きを、個性豊かに描き分けていること。アクション・シーンに関しては、原作・監督の故モンティ・オウム氏に一任されていたという(よって、絵コンテは存在しない)。
剣をまわして光のリングを描いたと思ったら、それが敵の攻撃を跳ねかえす半球形のシールドになっていると後で分からせたり、石で分身をつくって身代わりにして、氷の分身で敵の武器を固めてしまうとか、一秒単位のアイデアを次から次へと使い捨てていく。

決してアメリカに原画マンがいないから3DCGにしたわけではなく、アクションに関しては実写映画の影響が強いと思う。日常シーンでも、積極的にモーションキャプチャを使っていることが分かる。
キャラクターのルックスだけで、「日本アニメの影響」とは断じるのは早とちりで、北米文化と混じりあうことで、アニメでもドラマでもない独特の面白さが生まれている。
そして、キャラクターのルックスが、ややチープなローポリだからこそ、「芝居」「劇」が際立つ。人形劇と同じ効果だ。薄味のキャラクターでなければ、こんなにセリフの多い複雑なドラマは聞かせられなかっただろうし、情報密度の高いアクションも見せられなかっただろう。


セリフの翻訳は、実写ドラマや実写映画を手がける瀬尾友子さん。いまの若者の話し言葉を取り入れていて、抜群にセンスがいい。
そして、演出は打越領一さん()だ。瀬尾さんも打越さんも、アニメ畑の人ではない。しかし、出演しているのは深夜アニメでおなじみのアニメ声優さんが大半で、そこに絶妙な化学反応が生じている。これこそが、日本のアニメ声優の実質的なスペックであり、『RWBY』に出演することが実力の証になっている。

面白さの裏には、かならず専門技術を駆使する職人がいる。作品の魅力を、そのたびに発見・分析していかなくては、人間の知力は蓄積されず、進歩もありえない。
「処理流暢性」()と呼ぶらしいのだが、人は耳によく馴染んだ簡単な言葉に真実味を感じてしまう。「泣いた」が映画の感想として鉄板・安牌として乱用されているのも、ひとえに流暢性が高いからだろう。
『君の名は。』ヒット後のポスターで「涙を流した」「ハンカチが良い仕事してくれた」「もっともっと泣いて」「号泣!」などの煽り文句が並べられていたのを、忘れてはいけない。これだけ「泣いた」を並べたら、もうモラル・ハザード、誉め殺しでしょう。映画の価値をスポイルしている。


愛、想い、情熱……などと簡単に言うが、愛も情熱も、具体的・実務的な行為に分解して実行しなければ、何の役にも立たない。計画性のない愛は、むしろ人生を破滅に導く。
作品、フィクションは現実世界におけるバッファであり、際限のない憎しみと愛情を受け止めてくれる。みんなが実写版『デビルマン』『ガッチャマン』を袋叩きにしても、作品側から反撃される怖れはない。『デビルマン』も『ガッチャマン』も、ずいぶん社会の役に立ってくれている。『デビルマン』や『ガッチャマン』がなかったら、(映画を見ていない人たちも含めて)彼らの憎しみは別の何かに向けられていたはずなので、両作品には社会的価値があると本気で思っている。

しかし、「自分が見て面白かったから優秀」「退屈したから駄作」のような、快・不快で作品の価値を決めたところで、個人の認識力は広がりもしなければ、前に進みもしない。
むしろ、「今日は、人生を停滞させるのだ」という自覚をもって映画を見るならば、甘美で有意な時間をすごせると思う。

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