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2016年7月 9日 (土)

■0709■

昨日は、『君の名は。』のマスコミ試写。
News_xlarge_kiminona_201605_poster東宝の宣伝展開は、巧みにミスリードしているので、まんまと乗せられて見にいったほうが「得」だと思う。
最初の10分ぐらいは、「ああ、いつもの新海誠さんだな」という感じ。「ひょっとして、80年代の大林作品を意識してます?」などと、浅はかな勘ぐりもしてしまう。
ところが、とんでもないことが起きはじめる。デジタル・ネイティブならではの発想とテンポ感……だけでなく、今度の新海さん、デジタルの対極にあるかのような伝統工芸を、よく勉強なさってます。
それらのシーンは力量のあるアニメーターたちの手によって入念に作画され、視覚的な見せ場となっているうえ、プロット上でも重要な役割を果たします。
また、試写会場で哄笑が起きるぐらい、ひとつひとつのギャグが冴えてます。老若男女とわず笑わせるテクニック、それにも唸らされた。


では、「放課後のコンビニの匂い」だとか「雨上がりの田舎のバス停にたたずむ制服」が消えてしまったのかというと、おそらく新海監督は「僕は、ああいう世界から抜け出せないのだ」と自覚したうえで、ポンとそこへ戻ってきます。
2002年、ろくすっぽ中身も確かめずに『ほしのこえ』のDVDを買った身としては、もがきながらも作家が崖を這いのぼっていく姿を見るようで、おこがましくも「文句を言いながら見てきて良かった」とも思うのです。

背景や撮影のフェテッシュな美しさにため息をもらしつつも、いつも人物造形やプロットのゆるさにガックリするのが新海作品であり、その「ガックリ」を覚悟するのが、僕にとっては新海作品に向き合う慣例のようになっていました。
でも、『君の名は。』は違う。堂々としている。新海作品は女性の視点を大事にするので、ジェンダー的にバランスのいいプロットになっている。それは、他にない強みだと思う。


『君の名は。』は、単に「よかった」「好きだ」「泣いた」ですませられるほどシンプルではないです。これから十分な時間をかけて、いろいろな人たちによって論じられていくんでしょう。
『君の名は。』を論ずることで、たとえば大林宣彦監督の尾道三部作も、新たな意味を与えられるでしょう。そもそも、「邦画」という80年代には死にかけていたジャンルに、アイドル・ブームの渦中にいた若者が何を期待していたのかも、2000年代に登場した新海作品を援用することで、ありありと正体を現してくる気がするのです。「映画」と「アニメ」の関係についても、新しい視点が見つかるんではないか……。

この作品単体が優れているかどうか以上に、旧来の価値観をアップデートする厚みをもっており、そこに何よりゾクゾクさせられています。

(C)2016「君の名は。」製作委員会

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