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2016年7月19日 (火)

■0719■

シン・ゴジラWalker 22日発売
51xchbnmpul_sx352_bo1204203200_庵野秀明総監督の作品、という視点からコラムを書きました。ひさびさに『トップをねらえ!』ラスト2話、『新世紀エヴァンゲリオン』第6話、『激動の昭和史 沖縄決戦』を、参考用に見返しました。

書いてもいい刻限になったので書きますが、このコラムのためにラッシュ試写を見ました。
ラッシュ試写会は複数回おこなわれており、同行した編集者によると、「試写のたびに完成に近づいている」とのこと。
僕が見たのは、エンドクレジットまですべて入った、完成に近いバージョンでした。


ラッシュ試写のあいだ、僕は声なき声を出して泣いていました。この映画は理性と客観によって支えられているので、お涙ちょうだいのシーンはありません。
では何に泣かされたのかというと、「日本映画って、本気になってつくれば、こんなに面白いじゃないか!」という驚き。それに尽きます。

ハリウッド映画を対置させて、「日本映画」と書いたわけではありません。「日本人が、日本人に見せるためにつくった映画」という意味です。
これは敗戦、復興とバブル、何度もの震災をくぐりぬけてきた国の人たちの映画です。別にハリウッドや、その市場としての中国に歓迎される必要はない。「もっとも国内的な映画こそ、もっとも国際的」なので、なにも心配していません。

唯一の懸念は、国内で「難しい」「怖い」とか言われて集客できないことです。そこまで、この映画は妥協を禁じています。ガチです。庵野秀明の真剣勝負、葛藤と逡巡をくりかえした56歳の底力、「実力」です(実力とは「実際にある力」という意味です)。

僕は「特撮映画」「怪獣映画」に対する愛着はうすい方ですが、それで良かったと思います。郷愁をさそうような映画にはなっていません。「今日」「現在」を血まなこで見つめようとした映画です。
その真摯な姿勢に、まずは心臓を撃ち抜かれたのです。


「今回の脚本って最初、余計なものが入っていない純粋な情報だけで構成されていたんです。周囲からはあれこれつけ足せと言われていたみたいですが、それによって面白さの要素がスポイルされるのが僕も庵野さんもすごくイヤだったんです。(略)」
――ちなみに、その余計なものとはなんでしょう?
「離婚の危機に陥った夫婦とか、娘を失った父親の悲しみとかいったいわゆる“ドラマ”です。これを削ると『人間描写が足りない』とか言われるし、多くの方は『映画にはエモーショナルなものがある』という幻想をお持ちです。(略) けど、過去の名作映画と言われる『JAWS』や『エイリアン』などにそんな愁嘆場や恋愛要素はなかったのに、すごく面白いじゃないですか」
――EX大衆8月号、樋口真嗣監督のインタビューより抜粋。これを読んで、「やっぱりなあ」と納得しました。

「大人の仕事」しか映ってないんですね、二時間の間。直接的にも、間接的にも。
ここにはもう、特撮少年だった、趣味に生きるマニアだった庵野さんや樋口さんはいない。「面白い映画をつくってヒットさせる、職業意識の強いプロ」が二本の足で立っている。

そして、この映画が「面白い」のは、知性と論理がドライブ感をかもし出しているからです。
感情表現を分かりやすくするため、大声で絶叫するような人物は出てこないし、“ドラマ”の都合で際限なく時間が引き延ばされることもありません。この映画が抗しがたい迫力と説得力を持っているのは、冷然たる事実の蓄積によってのみ成立しているからです。
「気持ち」「雰囲気」だけでは、何事もなし得ないことを、この映画は教えてくれます。

『シン・ゴジラ』は、映画の外側も内側も、知力による総力戦です。
ぜひ大ヒットさせて、「僕たちは、もっとこういう映画が見たいんだ!」と、映画界に大声で訴えましょう。
 

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