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2016年6月 4日 (土)

■0604■

人生4冊目の単行本、『我々は如何にして美少女のパンツをプラモの金型に彫りこんできたか』()の販売が、告知されています。
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、「プラモデル」という商品に「美少女キャラのパンツ」が彫られるようになったのは、いつ頃なのか?については、当ブログでも7年前に語りましたし、同人誌でも特集しましたし、マチ★アソビのトークショーでも話しました。

今までは笑い話にしてきましたが、今回は関係者に取材しています。バンダイでラムちゃんシリーズのプラモを企画・開発した松本悟さん、キャラコレやラムちゃんの木型を作った、人類史上初の美少女フィギュア原型師とも呼ぶべきベテラン木型職人・諸星亮一さんにも、ご登場いただきました。何しろ金型にパンツを彫った当事者の方たちのお話ですから、いろいろと新事実が発覚しました。
また、プラモデルの登場以前に「美少女フィギュア市場」を開拓したモデラー、秋山徹郎さん、同じOFFのメンバーだった越智信善さんにも「フィギュア黎明期」について、インタビューさせていただきました。ラストには、現役でフィギュア商品をバリバリ開発していてるMAX渡辺さんも、パンツ造形の是非について、濃厚な語りを聞かせてくれています。

取材に応じてくださった方は、ほかにも何人かいらっしゃいます。おいおい、発表いたします。
また、フィギュア業界の友人・知人の協力と努力で、大量にキットを買い集めました。モデルグラフィックス編集部からの協力も得られました。
写真も綺麗ですから、カラーページは、かなり充実したカタログになっていると思います。


ただ、同じぐらいの手間とお金をかけて商品を買い集めても、別の誰かが作ったら、このような本にはならなかったと思います。これは、僕のアニメ美少女への恋慕と決別と和解の物語でもあります。
その自分語りの部分が、この本の評価を分けることになるでしょう。担当編集は、猛烈な粘り強さで、僕を、15歳のプラモとアニメが大好きだった高校生へと引き戻しました。
この本には、僕の50年分の戸惑いや苦悩や絶望、歓喜と驚きとが詰まっています。また、「書く」という行為によって救われもしたし、誇りを取り戻すことも出来ました。


しかし、性的なテーマの本だし、的外れなものも含めて、批判も覚悟しています。僕は50年分のズタズタな人生を、力をこめてひとつの形にまとめ上げました。なので、批判するなら、それなりの覚悟でいらっしゃい、とだけ言っておきます。もちろん、「アホなことにこだわる人がいるな」と、笑ってもらってもいいのです。笑いの側面も、確実に入れてあります。

発売を前にして、本の直接の関係者ではない人から、いろいろなことを言われました。
ちょっと引っかかったのは「自分の考えを書きたければ(このような市販の商品を解説せず)小説でも書けばいいんですよ」という一言。
「自分の考えを書きたければ、小説でも書けばいい」……コンテンツ (作品)を作って売って、管理している会社の人がそれを口にするのですから、人間的に幼稚で愚劣以前に、職業意識を疑います。中学生が言うならまだしも、社会人の口から出た言葉とは思えない。

小説家は、「自分の考え」を書くために執筆しているのでしょうか? ルポルタージュには、作家の考えが入っていないのでしょうか? ひょっとして、ルポルタージュには「事実」しか書いてはいけない、「書き手の考え」など入れてはいけないとでも思っているのでしょうか?
インタビューには、「しゃべったことがそのまま書いてある」のでしょうか? 違います。インタビュアーはテーマを持ってインタビューイに話を聞き、得られた言葉を解釈して、まとまりのある文章に編集しているのです。「自分の考え」がなければ、とうてい書けるものではありません。そんな初歩的なことを、コンテンツを管理する立場の人間に言わねばならないとは……。


「自分の考えを書きたければ、小説でも書けばいい」。小説を書く人は偉い人。自分の考えを書いていいのは、偉い人だけ。選ばれた者しか、自分の考えを持ってはいけない。
危険で傲慢で、自堕落な考え方です。戦うことをあきらめた、負け犬の言い草です。
作品のレビューや評論に対して、「こんなの、レビューしたやつの勝手な解釈だろ?」「作り手は、そんなこと意図してないだろ?」と、個人の解釈を「間違っている」と断ずる態度も、同種のニヒリズムです。無気力な人間ほど、「どこかに絶対確実な、即物的な答えがあるはず」と思いこみ、自らの胸に聞こうとしません。疑おうとも考えようともしません。
無気力なので、考えるための材料集めもしません。違う考えの人の意見も聞きません。自分が無気力だから、他人が主体的に本を書くことが許せないのでしょう。

「自分の考えを書きたければ、小説でも書けばいい」、同じ会社の人間から、僕は「そんなのあなたの勝手な意見でしょう? 作品のどこでそんなこと言ってますか?」と怒られたことがあります。作品を見て、自分なりに考えを汲みとったり読みとったりしてはならない、というわけです。吐きすてるように、「(あなたは文章を書かなくていいので)公式サイトをコピペしてください」と言われたこともあります。
また、「どうせウィキペディアでも見て書いたんでしょ? ネットで楽してないで、ちゃんと資料を調べてくださいね」と、原稿の隅っこに書かれていたこともあります。(モラハラ、パワハラだよ、そこまで嫌味を言うのは……)

これは一例ですが、たとえばロボットの身長が20メートルと設定されていたとします。「20メートルの巨体とは思えないほど、敏捷に動く」と書いたら、「いえ、20メートルです」と直されてしまうのです。「そうは思えないほど」とは感じるな、考えるなということです。
あるキャラクターが15歳と設定されていたとします。「15歳とは信じられないほど、大人びた発言をする」と書いたら、「いえ、15歳ですので、15歳らしい発言としてください」と、赤が入ります。

そういう人たちが、文化を殺すんです。「さあ殺そう」と思って殺すんじゃないんです。「さて、仕事でもするか」程度の感覚だから、怖いのです。
「最近の雑誌は、なんだかマイルドすぎて、つまんないなあ」「全ページ、広告みたいな記事ばかりだなあ」と感じているとしたら、原因はそういうところにあるのです。

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