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2016年5月 8日 (日)

■0508■

何しろ、来月中旬、単行本を出すことになっているので、朝から晩まで原稿を書いている。書きたいことは半年以上もたまっているし、十分に取材もして、テープ起こしも上がってきているので、悩むことなく書けている。


単行本といえば、図書館では常に、何かしらの本を借りている。タダで借りられるし、つまみ読みするのに、図書館は便利だ。ネットで予約したり取り寄せもできるので、書店よりも重宝する。だが、お目当ての本を手にとってみると、意外と版型が大きくて、持ち歩くのに不便だったりもする。
気に入った本は、常に持ち歩いてパラパラと読み返したい……かといって、文庫になるまで待てないし、文庫では存在感がない。悩んだ結果、Kindle端末を買った。5千円かそこらで買える。

Wi-Fiの繋がりやすい駅前で、無料で一冊、ダウンロードできた。
Featureintrojp_tth_端末も片手で持てるぐらいのサイズで持ち運びに便利だし、スマホのように多機能ではないので、気も散らない。ほっておくと、勝手に画面が壁紙になっておとなしくなってくれるところもいい。デザインに主張がなく、スタンドアローンな感じがして落ち着いている。
ところが、本の中のある部分に点線が引いてあり、「○人がハイライト」と注記されていた。僕にとってはどうでもいい箇所なのだが、他人が線を引いたと、いちいち表示される。これでは、赤線の引かれた古本と同じではないだろうか。

「○人がハイライト」は、端末の設定メニューで消すことができる。
だが、その表示で気持ちがさめた。Kindleで本をダウンロードしても、単にデータをシェアしているだけであって、本を所有していることの代わりにはならないわけだ。ネットが常時接続になって十数年、ニュースや短い読み物をサッと読む機会は増えた。特定の人の長い旅行記をブックマークしておいて、半年も一年もかけて、つまみ読みしたりもする。

その、ネットをうろつくのと同じ気分で「読書」はできない。本を読む、買うことの本質は、文字列を所有することではないのだ。寺山修司のエッセイや映画に、「巨大で重くて、読むのに体力が必要な本」が、しばしば登場する。読解して、新しい情報を頭に入れることだけが本を読むことの本質なのだろうか?

おそらく、手を使わずに、本を空中に浮かせたまま読んだり、体力をいっさい使わずにページをめくり、読んだあと、いつでも空中から取り出せるぐらいインターフェースが発達したとき、本は別の何かに取って代わられるのだろう。


何がどう……とは書かないが、またしても単に「やる気のない人」が、他人の計画をつぶして、「やる気」に水をさして平然としている。ゼロから石を積み上げた経験のないボンボンは、怖がって石を避けるついでに、人に石を押しつけて逃げ出す。
やる気がないなら、「気が進まない」と、一言いってくれれば追わないし、こっちはこっちで対策を考えるのに、わざわざ人を不愉快にさせて、去っていく。

今日は、母の日。墓前にそえなるカーネーションを買いに、混雑する花屋へ向かった。
こういうにぎやかな祭日には、「人を嫌いになりたくないな……」と、いつも思う。

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