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2016年4月 6日 (水)

■0406■

スーパー戦隊Walker 発売中
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●プレックス 阿部統さん・小林大祐さんインタビュー
先月下旬に発売されたのですが、お手伝いしていたことを忘れていました。
インタビューをまとめただけですが、プラモデルとは異なる「子どもが安全に遊べるプロダクツ」の理念、もうひとつ、「40年間、シリーズを継続させるためのデザイン」の話は、面白いです。
「つねに斬新な試み」が求められているとは、限らない。長く商売するには、意識して同じモチーフを再利用しつつ、どんどん忘れていく。「なんだか、今度の○○は、以前の作品とまったく同じことを始めたぞ?」と気がついたとき、それは「何十年もシリーズをつづける」舵とりが始まった……と、読むべきでしょう。


レンタルで、『生きものの記録』。
201510141722002この頃の黒澤明は、『生きる』『七人の侍』でヒット・メーカーの立場を確立していたため、大がかりなセットとマルチカメラ方式を用い、潤沢な条件で撮影できたようだ。
だが、黒澤にしてはセリフに頼りすぎ、展開も煩雑だ。ラストで、三船敏郎演じる老人が精神病院に入れられる。彼の言動を見守ってきた志村喬は、精神科医と「果たして狂っているのは彼なのか、我々なのか?」といった会話をかわす。
その会話自体は陳腐なようだが、ラストカットへの布石となっている。ラストカットは、精神病院の階段を真正面から撮っている。真ん中から右側が、病室から下りる階段。画面の左側は、階段の下から伸びる廊下である。実に図形的、抽象的な構図だ。

そのシンメトリックな構図の中、志村喬が病室から出てきて、重たい足どりで画面右側の階段を下りて、左側の廊下へ、背を向けて去っていく。
一方、画面左側には、病んだ三船を見舞うためだろうか、小奇麗な娘が足早に歩いてきて、志村とすれ違う。彼女とすれ違った志村は、ふと、無言で立ち止まる……が、やはり歩き出す。娘は、階段を上がり、三船の病室へと急ぐ。
画面の右か左、どちらかが狂気へ通じる道なのだ。おそらくは、志村の帰っていく日常世界こそが狂っている。三船を見舞う娘は、実は正気の世界へと近づいているのではないだろうか? 狂気と正気の並存を一枚の絵であらわした、見事な構図、デザインだ。
こういう、「映画の機能」を端的に使った演出に出会うと、僕は「見てよかった」と思う。


今日は、駅前のギャラリーへ使用計画書を提出しに行ったのだが、僕の勘違いで、書き直すことになってしまった。市民優先とは言いながら、これから資金を集めるのだし、過去に展覧会を開いた実績もないし、条件は不利だ。
駅前のギャラリーは使用料金が安くて魅力的なんだけど、できれば自腹は切りたくない。作品の貸与をお願いした方の中には、「当然、私もお金を払います」と答えた方がいて、びっくり仰天した。なぜ、作家さんが資金的な負担までしなくては展覧会を開けないのか? どうにも、お金の流れ方がおかしい。

つい先日も、また同じ話題が繰り返されたらしい。
『アニメーター収入が低いのは娯楽だからなのでは?』←??
いやおい、待てよ。
好きなことや楽しいことを仕事にして、休みもいっぱいとって、好きな趣味や娯楽に、いっぱいお金を使うのが幸せなんじゃないの? 疲れたら休み、無理なく働いて、それでいっぱいお金を得るのが、どうして悪いことなの? 僕は、たまたま日本という国に生まれたが、生まれてこのかた、「嫌な仕事をして、低賃金で我慢します」なんて契約書にサインした覚えはない。

(C)1955 東宝

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