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2015年12月30日 (水)

■1230■

レンタルで、『海街diary』。邦画は、とんと見なくなった。先月見た『紙の月』以来、ほぼ二ヶ月ぶり。
M0000000762_largeカンヌ国際映画祭の常連となった、是枝裕和監督作。そして、原作は文化庁メディア芸術祭などで賞をとった漫画。フジテレビや東宝が出資しているので、有名俳優しか出てこない。にも関わらず、邦画で支配的な“でかいテレビ”には、なっていない。
綾瀬はるかや長澤まさみが出てきて、「またか」と思わせられるんだけど、誰もが「知った顔でしょうけど、いまから短い間だけ、いいお芝居をご覧にいれます」「こんな平和で優しい世界は絵空事だと思いますが、その絵空事を演じさせていただきます」とでも言いたげなんだよな。それは、「俳優の演技がよかった」のとは、ちょっと意味が違う。

堤真一やリリー・フランキーが小さな役で出てきて、「やはり有名俳優しか出ないのか」とため息が出る一方、「僕らが出ている以上、これは明らかなウソのお話なんだけど、いいウソでしょ?」「いいウソと思えなかったら、僕らの責任です」と言われているような、不思議な気分にさせられる。
主演の女優陣で、「え、あの人が?」と意外性があったのは、夏帆。社会人ではあるんだけど、性格にもファッションにも幼さを残し、最年少の広瀬すずと仲良くなってしまう。独特の存在感がある。


あと良かったのは、風吹ジュン。病気になって定食屋を閉めるとき、Character_10_large 広瀬すずのことを「宝物」って呼ぶんだけど、それは大げさに言うと「人類にとっての宝物」って意味なんだ。別に「あんたは美人で性格がいい」とか「一緒にいると気分がいい」とか、そんな小さな意味ではない。自分の生まれる前とか、死後とか、大きな流れのなかで、「宝物」と言っている。歳をとると、それが分かるんだ。
だから僕は、歳とった女優がどういう芝居を見せるかのほうに、今は興味がある。

あと、邦画ならではの醍醐味って、やっぱりあるんだよ。それは花火のシーン。花火そのものではなく、花火の日の夕方。スピーカーから見物客への注意事項が流れる、長くてせわしない夏の夕方。これは、日本映画ならではの魅力だと思った。
年末年始は、意識して日本映画も見てみよう。


来年1月10日のスーパーフェスティバル()に出品する中古のプラモデルなどを、宅急便業者に引き渡した。その後、原稿のチェックが来たので(30日になっても編集部は休んでない)、それを戻して、年内の仕事は終了。

スーフェスでは、友人のべっちん氏を巻き込んで、同人誌[Fig 50's](フィグ・New_fig50s_vol2__copy1 フィフティーズ)の二冊目を売る。今回は、表紙も本文レイアウトも、プロのデザイナーであるべっちん氏におまかせした。印刷は、やはりスーフェス仲間のギムレット氏が、年明けに業者に頼んでやってくれる。

一年前は、実はとても大変な時期だったのだが、二人に事情を説明して「スーフェスだけは出る」と決めて、出店したのだった。数年のうちに、このイベントに出ることが精神的な支えになってきた。仕事のことだけ考えて生きていたら、とっくに倒れていたような気がする。


母の祭壇にそなえる花を、あらたに買ってきた。代金を一円玉で払うと、花屋のおばちゃんが、「あら、ありがとう」と言った。足元を見ると、「一円玉が不足しています」と、走り書きの貼り紙がしてあった。花屋を出ると、「年越しそば」と書かれた小さな看板が、マンションの裏の蕎麦屋まで、点々とつづいている。

買い物袋をさげて歩いているうち、来月でパスポートが切れてしまうことを思い出した。10年前に初めて取得したときは、まだ結婚していた。妻にバレるとうるさいので、ひとりで横浜まで取りに行ったのだった。
最初のスタンプがザグレブ、ロシアのビザ、ふたたびザグレブ、アテネ、ヘルシンキ、アブダビ……どこかに、ストックホルムもあるはず。はからずも、「海外へ行きなさい」という、母の言葉を実践している。


(C)2015 吉田秋生・小学館/フジテレビジョン 小学館 東宝 ギャガ

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