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2015年11月 5日 (木)

■1105■

昨日は、米アニメ『RWBY』の日本語吹き替え版、マスコミ試写。
Rwby7たしかウェブ上で話題になりはじめたころに知って、「アメリカのスタジオなのに、こんな日本アニメ風なんだ?」と、すこし興味はもった。だが、実際に動画を見てみると、ローポリのモデリングに、手描きの顔をペタッと貼っただけに見えて、ガッカリしてしまった。

ところが、今回はどうだろう。2時間の上映時間が終わりにむかうにつれ、「まだ終わるな!」と、祈るような気持ちになった。完全に、魂をうばわれた。

その理由の多くは、主人公たちの可愛らしさ。あいかわらずモデリングは荒くて、ゴツゴツしている。食べ物をたべるカットでは、食べ物が口元でパッと消えてしまったりする。「腕組みをする」ポーズなんて、腕が体にめりこんでしまうから、ちゃんと決まらない。
その硬いモデリングに対して、貼りこまれたテクスチャは、必死に日本のキャラクター絵に似せようと頑張っている。正直、デジタル特有の筆あとが残ってしまい、イマイチなところもある(具体的には、ワイスの鎖骨あたり)。だけど、その必死さが愛情につながったのだろう。彼女たちは、たまにドキリとするような表情を見せる。それも、昨今の深夜アニメでは見かけないぐらい、微細な表情をうかべる。
見ているのがつらい、せつないぐらいに愛らしい。

そこに、深夜アニメではおなじみの声優たちが、声をアテる。絶妙にうまい。つまり、脚本の問題なのだ……と思えてくる。


もうひとつ。「巨大な武器や派手な魔法で戦う、さまざまなタイプの美少女たち」を主人公とRwby10 しながら、芝居はアメリカっぽい。仲の悪いキャラクター同士が、たまに意気投合すると、無言で手のひらをパン!と合わせたりする。――つまり、日本人のDNAではない。生理感は、アメリカ人のままなのだ。そのギャップが、カッコいい。

さっきも少し書いたように、脚本が深い。軽妙洒脱なギャグで笑わせたかと思うと、キャラクターそれぞれの内面へ、しっかりと踏みこんでいく。微妙な距離感、信頼の度合い、興味の薄さ……などの対人関係を、遠慮会釈なく描く。この複雑さ、鋭さと柔らかさの共存する脚本は、北米ドラマの真骨頂だ。

つまり、そこまで踏み込んだドラマを、ローポリの、かなりフェティッシュな美少女キャラたちに演じさせている、そのギャップが、他にないスタイルを作り上げている。……そこまでは、誰でもが認めてくれるのではないだろうか。


ただ、僕が少しくやしいのは、一昨年ぐらいに話題になったとき、この作品を過小評価してしまったこと。
英語版を翻訳しながら、必死に作品を追いかけていた人たちは、僕には分からない何かを探り当てていたのだ。

今回は、いろんなことに気づかされた。まだこなれていないトゥーンシェーディングの、線の硬さ。その硬ささえ魅力に変えてしまう、やわらかなテクスチャー。頬の赤みや光沢の描き方。そのパターン化されたルックを、パターンのままにとどめておかない芝居とドラマ。
おそらく、『ギャラクティカ』にはまったこと、海外旅行したことが、少しずつ僕の価値観の角度をかえていった。その角度のまま、『RWBY』によって、ピタッ、ピタッとパズルのピースがはまっていった……そんな感覚。そんな充実感があったから、僕は人の少ない地下鉄への道を選び、泣きながら帰った。

(C)Rooster Teeth Productions, LLC

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