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2015年8月11日 (火)

■0811■

大河原邦男Walker 明日発売
News_12_01s大河原邦男×石田賢司 対談
勇者シリーズに影響を受け、変形ロボット実現のため「Project J-deite」を起こした石田賢司さんと、大河原邦男さんの対談を取材しました。

ロボットを含むキャラクター文化は、社会に居場所をつくろうと、いまだにもがいているように見えます。
大河原邦男展が、もし1980年代に開催されていたら、保守的な大人たちから批判されたと思うんです。1981年の「アサヒグラフ」誌で、はじめて、大学生ぐらいのコアな『ガンダム』ファンたちが、社会の目に触れました。あの「アサヒグラフ」は、アニメの地位を過小評価している社会へのカウンターだったと思います。煮えたぎるようなルサンチマンが、奥底にあったんですね。

昨夜、ガンダム・バーというところへ案内されたんですけど、「こんな場所ができて、いい時代になったなあ」とは、申し訳ないけれど、思えなかったです。「ゾーニングされただけであって、浸透しているわけではない」からです。
僕にはあと一回、一般向け雑誌で大河原展に触れるチャンスがあります。アニメを見ない層に、どうやって届かせようか、考えているところです。

同じ上野の森美術館で、「蒼樹うめ展」が開催されるんですよね()。これ、痛快ですね。


『魔法少女まどか☆マギカ』を、ふだんアニメを見ない人たちまで見ていた(ライトユーザーを獲得した)ことを考えると、蒼樹うめさんの絵は、むしろフックとして機能してるんだと思う。「これ、萌えアニメでしょ。僕は、こういうのは見ないです」と、最初に抵抗感があるぐらいが、ちょうどいい。

『ガッチャマン クラウズ インサイト』は、いまの社会を生きている人なら、誰でもピンとくる(ゾッとさせられる)作品だと思う。
ゲルサドラは独裁者になってしまったけど、それらは「みんな」が「空気」に流された結果であって、「怖ろしいことになった」という演出は、一切なされていない。これは、日本のあちこちで、すでに起きていることだから。社会の流れの断面として、はじめとか累がいるだけであって、やはり大衆、群集が主人公なのだ。

「みんなの心をひとつに」という空虚なスローガンは、カッツェの前作でのセリフ「お前ら人間が持っている醜い心」と密接に繋がっているし、累の言っていた「本来人間が持つ内発的な喜び」とは、対をなすように思える。
――こういう批評性の高い作品には、ライトユーザーって存在し得ないのかな。『ガッチャマン』というタイトルを聞いて、Uターンしてしまう人がいるのかも知れない。


最近、ネットで「なぜ日本が戦争が起こしたのか、基礎知識を総まとめ」みたいな記事があって、日米開戦へいたる経緯って、僕が結婚した過程に似ているわ。
退路を断ち切られて、「結婚、やむなし」って感じで結婚したから。だから、あとは苦しいばかりで、早期に終わらせるしかなかった。

「この人の役に立ちたい」って気持ちが、恋愛なのかも知れない。「相手の役に立つためなら、かなり損してもいい」「ヘタすると、自分の命さえ重要ではない」と思えたら、それが愛情なんだろう。離婚して10年たった今、そう思える。
「この人を独占したい」ってだけなら、恋愛のツメの垢にも満たない。そういう動物的な欲望は、あっさりヘシ折れる。独占欲をヘシ折られて、相手を逆恨みするようだから、成長しない。そういう幼稚なフィールドで、40年間もすごしてしまった。
残酷なようだけど、ずっと後になってから、「愛してもらえてたんだな」って実感させられる。勉強させられるんだよね。

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