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月刊モデルグラフィックス2015年9月号 25日発売予定
●組まず語り症候群第33夜
サブタイルは、「うさぎ追いしかの積み」。千葉ーザム氏的には、積みキット=山という意味でしょう。
扱っているキットは、リッチモデルの「家畜セットNo.1」と、タミヤの「動物セット」です。こういう「見るからに面白いネタ」は、かえって難しいのです。
書くのは楽しいので、月に二回ぐらいやりたいぐらいなんですけどね……。
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吉祥寺プラザでは、午前中のみしか上映していないので、早起きして行ってきた。『インサイド・ヘッド』。
僕のように一人でフラフラときた中年~高年男性は数えるほどで、親子連れがほとんど。映画の後半、後ろの席で、お母さんたちのすすり泣きが聞こえる。僕も、隣のアベックがいなかったら、遠慮なく泣いていただろう。
主人公の少女・ライリーの、たった11年間の思い出が最初のほうに出てくるけど、それがまず、泣かせる。誤解しないでほしいが、お涙頂戴をやっているわけではない。ごく当たり前のシーンを、むしろ凡庸に描いている。簡単に言うと「あるある」なシチュエーションばかりなんだけど、それがこの映画には必要だったんだ。「そうそう、私にもこんな思い出、あった!」と親近感を抱かせるテクニックが、まずは一流。
結論から言うと、この映画を見たあとでは、「自分が自分であること」に自信がもてる。他人が怖くなくなる。「頭の中の世界の話」と聞いて、やけにスケールが小さいな……と思った。ところが、「頭の中」はひとつの街ぐらいの大きさがあるし、細かいところまでアイデアがぎっしり詰まっている。分かりやすいところでは「深層意識の森」とか、夢を制作するスタジオだとか。
「頭の中」には、ちゃんと仕組みがあって、不合理なことなどひとつも起きてないのだ……と、安心してしまう。
五つの感情のうち、正反対なヨロコビとカナシミが主人公の頭の中(の指令室)に帰還するまでの物語だが、なぜこの2人をコンビにしたのか? ラストで、やっぱり「そうそう、人間ってそうだよね!」と大納得する。歳とればとるほど、納得すると思う。お母さんたちが泣くのも道理。
幼い頃は単純だった「楽しい思い出」「悲しい思い出」が複雑に絡まりあって、ひとつの人格をつくっていく……ひとりひとり、感情のあり方、傾向は違う……そんな当たり前のことをビジュアルで、カリカチュアライズされて見せられて、……というか、そんなものを「アニメで見せよう」「エンタメにしちゃおう」と思いつくピクサーのスケールの大きさを、怖ろしいとすら思う。
圧倒的にすごい。心にガッチリくいこんで、離れない。
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あと、現実世界、少女ライリーの数日間の物語は、実写テイストで撮られている。これがまた、上手い。適度に手持ち風にカメラを揺らしたり、手前にモノをナメたり。アニメの中の「お約束」だけに留まってない。ちゃんと、実写の演出を研究している。
吉祥寺プラザでは吹き替え版だったんだけど、おそらく吹き替えで見たほうがいいです。大竹しのぶが、ネガティブで動作も話し方ももっさりしたカナシミを演じていると知って(ラストに日本語キャストもクレジットされてます)、「マジで?」と驚いた。
俳優がアニメの吹き替えやると、「実は私、有名な○○なんだよねー」と、芝居の中に営業をまぎれ込ませてくる人がいるけど、この映画では、まったくそんなことはなかった。
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ただひとつ、一体全体、なにがどうなっているのか、ドリカムのPVが映画の前に流れます。映画のあとに流されるよりはマシとは思ったけど、本当に唖然とした。
ああ、こういう企画があったのか(■)。曲自体はいいんだけど、映像が……。
で、ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパンに、電話で「どの映画館でも、必ずドリカムのPVは流れるんでしょうか?」と聞いてみたところ、全映画館で流れます……との答えでした。
「ソフトにも入ってしまうんですか?」と聞いたら、ソフトでは未定とのこと。ディズニー配給にしては客足が鈍く、興収25億円との予測(■)。だったら、よけいに客足が遠のくオマケは付けちゃダメでしょう。もったいない。
ぜひ、ドリカムのPVの時間はトイレに行くか、目を閉じて我慢するかして、『インサイド・ヘッド』を見にいってください。我慢するだけの価値は、絶対にあります。
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