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2015年7月13日 (月)

■0713■

人生で4冊目の単行本を、出版できることになりました。
M256coverその資料になるのではないか?と思い、『月刊MdN』の制服特集を買ってみた。漫画やアニメの制服が、いっぱい載っている。
もっと男性目線の、フェティッシュな特集かと思っていたら、女性漫画家や女優(アイドル)の「憧れの制服」についてのコメントなどが散見され、どちらかというと、女性に主導権のある世界。

ただ、「スカートを履かせられるのが苦痛なので、制服なんてジャージでいいでしょ」っていう女性もいるので、男性サイドから制服を美化・神聖視しすぎるのもどうかな、と思ってます。


『Classroom☆Crisis』第二話を見ていて、やっと、僕のような中年がこの作品に熱中べきではない(という危険信号を感じる)理由が分かった。
宇野常寛さんの『ゼロ年代の想像力』の、『仮面ライダー響鬼』批判が、そのまま当てはまると思う。いわく、“「完成された大人に子供が倣う」という「成熟」モデルが、完全に古くなっている”……『響鬼』も、細部まで手堅く設定された世界観が魅力だったけど、思想的には、大人が子どもに「俺に着いてこい」ってノリだったでしょ? それで、オッサンに受けたんだよね(当時、僕は38歳)。

人間は、肉体的には15歳前後が、最も優れているという話を聞いたことがある。
「神経系は5、6歳で8割がた発達し、12歳ぐらいでほとんど完成される」「(骨や筋肉)が14、15歳から神経の発達に追いつくかのように成長スピードが急激に増すのです」()、これはアスリートの話だけど、つまり、生物として最も完成されているのが15歳ごろ。
それぐらいの歳の子たちを主役にすえるのは、まったく正しい。だけど、彼らを「未熟」と規定し、教師が引っ張っていく構図は、大人にとって気持ちがいいだけ。

僕を萎えさせたのは、教師の兄が先に帰宅し、居間でビールを飲んでくつろいでいる、そこへ妹が買い物袋を抱えて帰ってきて、料理を始めるシーン。それこそ、絵に描いたような家父長制。昭和ですか、と。せめて、兄貴が料理を手伝え、と。

だから、架空社会を細部まできっちり作り込んでいるのは好感がもてるけど、僕らオッサン世代が気持ちよくなるような思想が、根底にあるのは確かじゃないかな。
(フィクション世界の「妹」は、どうも愛玩・奉仕目的にカリカチュアライズされがちだよね。)


「アニメと現実の区別をつけろ」と、紋きり口調で反論されそうだけど、テレビ放送している以上、アニメは公のものだと思う。実社会に組み込まれているものだと思う。
だから、女子高生の頭をなでるゲームのCMに、クレームをつける人も出てくる。そのCMの存在が、インターネット(というよりSNS)によって共有されてしまい、本来のゲームの購買層とは違う人たちが怒り出す……その流れは、止めることができない。

だから、自分と立場の違う人(僕は男性だから、まずは女性)の意見を聞く。そのうえで、女子高生の頭をなでるゲームが、なぜ必要かを考える。必要だと思うなら、批判している人たちに届く言葉で伝える(考えを留保し、黙っているという選択肢もある)。
Twitterだと、「表現規制派」「規制反対派」に、バッサリと分けられてしまうんだよね。痴漢をめぐる議論が「男vs女」と単純化されてしまうように、せっかく真面目に考えているところなのに、「アイツは規制派に寝返ったんだろ?」「カネでももらったんじゃないの?」と、どんどん戯画化されていく。「ごっこ遊び」に堕してしまう。

僕が、児童への性暴力写真について嘆願書を提出したのも、「エロ漫画を守るため」と、単純化したがる人がいる。
苦しんだり怒ったり、実社会で活動している人たちと会って話せば、そりゃあ、考えは変わります。自分を変えないために周囲を攻撃するんじゃ、本末転倒でしょう。


自分の痛み、自分の快楽にしか興味のない、「大きな赤ちゃん」みたいな人がいる。
ネットは、顔を隠したまま、無制限に相手を攻撃しつづけられるんだけど、それを抑制しない人がいる。表現規制でも性犯罪でも、あるいはオタク趣味の世界でも、「大きな赤ちゃん」が駄々をこねはじめると、議論の余地などなくなるし、「関わりたくないな」と引いてしまう。

他人の痛みを分かろうとしない者の主張は、薄ら寒いだけで、説得力がない。

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