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2015年6月 9日 (火)

■0609■

週末、小学校時代の友人2人と、『チャッピー』鑑賞。
Sub3_large警官として量産されているロボットの一機が、AIを組み込まれたことから意識をもち、ギャングの片棒をかつがされる。
今から35年も前、中学一年生のときにみた『エイリアン』のシガニー・ウィーバーが、ロボット会社の社長として出演。僕らも彼女も、SF映画というジャンルにとりつかれたようになって、いまだそこから離れられずにいる。同じ時代の空気を共有できたことを、今では幸福に感じる。
今年は『ターミネーター』も『スター・ウォーズ』もある。ハリウッドが、このジャンルで新しいアイデアを生み出せずにいるのか、単純に、80年代にティーン・エージャーだった世代が多いだけなのか(つまり、マーケティングの結果なのか)。『チャッピー』のニール・ブロムガンプの次回作は、『エイリアン』の続編らしい()。

映画は、これまでのブロムガンプ作品と同じく、異種間でかわされる信頼、約束の映画。
治安の悪いことで有名な、ポンテシティ・アパートも出てくる。外務省の危険度情報で、ヨハネスブルグは「十分注意してください」と、黄色で表示されるほどだ。今年は、外国人排斥運動による暴動が激化し、渡航注意が喚起されている。
だが、ブロムガンプ監督は、この荒みきった母国を愛しているように見える。チャッピーを犯罪に使おうとするギャングたちを、不自然なほど愛らしいキャラクターとして描こうとする。


そのせいで、映画のテーマが分岐しすぎてしまい、巨大ロボットのコントロール装置で意識をダウンロードするアイデアにも、かなりの無理を感じる。
こういう監督は、三本目か四本目で得意ジャンルから離れると、いい映画を撮る。ピーター・ジャクソンも、『乙女の祈り』で作風が広がった。ジャン=ピエール・ジュネも、『アメリ』で現実世界を舞台にして、急に人間くさい映画を撮るようになった。

一本ずつを見て、「失敗だった」「得した」「入場料金に見合うか、届かないか」などとケチくさい判断をするより、監督の来歴だとか企画だとか製作された時代背景だとか、いろんな断面から映画は楽しめる。


仕事をするときは、「いかに自由な時間を獲得できるか」を、テクニックとして織り込んで考えたい。「30分あるなら、10分で終わらせて、あとの20分はボーッとしたり、好きなように過ごそう」と考えないと、結局は、他人の首をも絞めることになる。

時間が無駄に消えていくのは、実は僕ではなく、僕以外の誰かが、すぐ読めるメールを何週間も放置していたせいだったりする。
そのために、僕はどうやって並列する仕事を終わらせようか、無駄な知恵をしぼっている。不安にもなるし、関係者の誰もがイヤな気持ちになっている。ギリギリで、ドタバタで終わらせる仕事のクオリティは、“必ず”低下する。

ところが、他人の時間を無駄に削って平気な人間は、「そこを何とかするのが、お前らの仕事だろう」程度にしか考えてない。誰かが苦しんだり、貧乏クジを引くのを、当たり前だと思っている。そういうヤツは人間的に幼稚だから、性格も悪いです。


楽しい仕事が、楽しい余暇を提供してくれる。少しの労働で、いっぱいお金をもらえたほうが嬉しい。出ていくお金は、少ないほうがいい。どんな夢でも、あきらめるより、かなえられる方が、人生は楽しい。そんな当たり前の理想を、愚か者の僕らは、さっさと投げ捨ててしまった。

どこか近場でいいから、観光に来ている人たちの顔を見てごらん。解放された、晴れやかな笑顔をしている。あれが、人間本来の顔なんだよ。
「誰もが幸せに生きる」という理想をあきらめた世界は、地獄だよ。

(C) Chappie -Photos By STEPHANIE BLOMKAMP

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