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フランス映画『ずっとあなたを愛してる』。邦題はありふれているが、端倪すべからざるスケール感。
我が子を手にかけたとして、15年間も刑務所に服役していた女性が、妹の家に住むことになる。妹は、夫とふたりの子どもと暮らしているが、彼女の夫は、殺人歴のある義理の姉を快く思っていない。
だが、子どもたちや一部の大人たちは、聡明で行動的な彼女の一面に魅せられ、惹きつけられていく。
さまざまな人物が、この姉妹の前に現われては消えていく。それぞれ、愚かな人物にいたるまで、ちゃんと血が通っている。欠点はあるけど、生き生きしている。あるいは善良な人間が、ちょっとしたズルさを見せたりする。
そうした観察眼がいきとどいているため、最後に明かされる姉の殺人の真相が、じわりと真実味をおびてくる。
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妹は、ちょっとした手がかりから、姉が過去にどんな罪を犯したのか、電話で知る。妹が電話の受話器を耳に押し当てているアップに、彼女の子どもが絵本を読んでいる声が重なる。「この世が闇に覆われると、犬とオオカミの区別さえつかなくなってしまう」――。
ともかくも、主演のクリスティン・スコット・トーマス、妹役のエルザ・ジルベルスタインが、それぞれ年相応の美しさを見せ、劇中でもモテまくるのが気持ちよかった。二人の周囲にいる男たちが、ストレートに「美人だ、しかも理知的だ」と好意を伝えるのも、いっそ潔い。
また、妹の養子たちはベトナム人、友人にアラブ人がいるなど、民族色豊かなのも良かった。どの人物も、忘れがたい魅力を持っている。
周囲の人間たちが、服役していた姉を忘れ去っている中、ボケて入院している母親だけが、ひとめで「私のジュリエット! いつ学校から戻ったの?」と、一瞬だけ我が子のことを思い出すシーンには、ハッとさせられた。
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かつて一緒に本をつくっていた編集者から、新しい企画に誘われる。
自ら限界を設定し、自ら閉塞していることに気がつかされた。がんじがらめのルールの中で、「しかたがない」とあきらめすぎていた。
あるいは、自ら「この程度のものなんだ」と、自分の仕事をおとしめ、楽をしすぎている。たいがい、仕事をそつなく上手に、つつがなく回すため、あちこちに防波堤を築いた結果、「眺めがよくない」と不満を言っているだけなのだ。
で、不満を言うほど、世の中の空気は悪くなっていくわけで、それでは仕事を達成した意味がない。どんな仕事も、世の中を豊かに、快適にするためにあるはず。
そして、防波堤を築かずに、眺めのいい場所でのんびりしている人間を見つけては、「あいつはズルをしている」と後ろ指をさす。
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誰かのアイデアを聞いたり、作品を見たりしたとき、欠点から先に口をついて出るようでは、かなり深刻だと思う。マイナスから探しはじめる人間の世界は、灰色の雲に覆われている。
アニメを見ていて感じるが、「こういう声で話さなければならない」と声優たちが自らを縛り、結果としてどのアニメも似たように見える。似たような劇に聞こえる。その程度の劇で表現しきれてしまう、「関係者みんなが安心する」脚本なのだろう。
僕らの社会は、「こんなことを言ったら、自分だけ孤立してしまうのではないか」と恐れすぎ、自粛・萎縮という悪癖が、創作の世界にも侵入してきていると感じる。
明日は、母の日。
(C)Thierry Valletoux / UGC
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