■0530■
取材→インタビュー起こしのスパイラルが一段落したので、この隙に『百日紅 Miss HOKUSAI』を見にいく。主役のお栄を演じた杏って、初めて聞く女優だけれど、とてもいい声をしている。杏の声が、映画の意志、向かう方向を決めている。
で、女装子というか女装した男娼が出てきて、お栄と寝ようとするんだけど、「男優なのに、なんて淫らに、しかも艶っぽく演じるんだろう!」と感激していたら、なんと入野自由でした。
いわゆる、オネエ喋りではない。そういう、テレビアニメの記号的な話し方は、いっさい耳に入ってこない。俳優特有の、不慣れなズレた芝居でもない。お栄の母親役も「芸達者な女優さんだな」と聞きほれていたら、なんと美保純だったりする。
麻生久美子の花魁は出てくるし、すっかり大人向けのアニメになってしまった。前作の『はじまりのみち』の方が、むしろ子どもに分かるんじゃないかな。
■
作画陣には、そうそうたる顔ぶれが並んでいるけど、それだけで豪華な“作画アニメ”になるかと言ったら、それは違う。失礼だけど「あまりお金のかかってないアニメだな」と思っていたら、「90分」という縛りがあったそうで(■)、制作的には苦しかっただろうと思う。乱暴に言うと、テレビアニメ3話分の予算ということだから。
たとえば、お栄の走るシーンを背景動画で描いた、その演出意図は、画面からもしっかり伝わってくる。でもね、普通に歩きながら話している絵をFollowしているカットで、背景は3Dで動いているんです。残酷なもので、手間のかかった背景動画より、ちょっとした3Dのほうが贅沢に見えてしまう。最初のほうに出てくる3D背動が、肝心なシーンの演出意図をそいでしまっている。
「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」が、あるシーンのラストカットに止め絵で出てくるんだけど、そのシーンの冒頭では、水はデジタル処理で描かれている。美術で描いたものを撮影で動かしたのか、とにかく「今風」な質感なわけです。橋も3Dで作成されていた。
だから、セル画が浮世絵に転じたとき、シーンとしての一貫性、驚きが弱い。それは現場の混乱じゃないかって気がするし、僕らの目が3Dに敏感になりすぎているのかも知れない。
■
そもそも、アニメはセル画を「本物」だと思い込む、そういう契約によって成立している表現。だけど、『百日紅』の中には、筆で描いた絵がいっぱい出てくる。ある人物の似顔絵を筆で描くと、それはセル画の人物、「キャラ設定の似顔絵」なわけです。
つまり、葛飾北斎が、「2015年のアニメ絵」を描いていることになってしまう。ほかに、美人画も出てきて、面長で目と口の細い、誰でも見覚えのある浮世絵です。だけど、美人画のモデルになった花魁の顔は、板津匡覧さんのデザインしたアニメ絵なの。二種類の「人物の絵」が混在している。僕は、それをストレスに感じた。
だから、3D背景もそうだし、筆絵のタッチになる一部のシーンもそうだし、この作品が(実写でなく)セルアニメであることの意味を考えさせられた。フェティッシュな萌えアニメは、セル画でなければ成立しない。作品の志向性と表現が一体化しているわけです。むしろ、『百日紅』のような大人に向けた、いわば文学に近いような作品を「あえて」セル画で表現する必然性、訴求効果ってどのぐらいあるんだろう?
『カラフル』は、アニメ化される10年前に中原俊監督が、実写にしている。アニメ化の企画は、実写映画より前に始まっているんです。それでも、実写よりアニメのほうが、小中学生に訴求できたと思う。アニメにした意味はあったと思う。
押井守監督は『イノセンス』のあと、「アニメにはラムだとか泉野明だとか、女神のようなキャラクターが必要」と反省していたけど(女神とは言ってなかったかも知れないけど)、セルアニメという表現は、思春期とか第二次性徴期ぐらいの少女をポッと入れてやると、神が宿る。ジブリを見れば、よく分かる。大人を描くのには適していない。
■
もうひとつ。推測にすぎないが、一度は実写 (『はじまりのみち』)を撮り、アニメの現場から離れていた原恵一監督は、複雑多様化したアニメの現場に、やや振り回れさてしまったんじゃないかな……(まして、Production I.Gで撮るのは初めてでしょう?)。
「動画をセルに転写して色塗って、背景と一緒に撮影すればアニメじゃん」という世界ではなくなってしまったから。その現場の事情が伝わっていないから、例えば、「動画マンの給料が安いなら、ぜんぶCGキャラにしたら?」といった意見が出てくる(■のコメント欄)。
鉛筆を使う人とマウスを使う人が、「同じ絵」を描いている状況は、やはりコントロールしづらいと思う。
僕はたぶん、アニメ作品そのものより、現場で作っている人たちが、どんな苦労と工夫をしたかを面白がっている。だけど、そういう感傷めいた趣味には発展性がない。評論するだけの知力はないけど、なんとか応援できないかとは思っている。
(C)2014-2015杉浦日向子・MS.HS/「百日紅」製作委員会
| 固定リンク
コメント