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2015年2月16日 (月)

■0216■

レンタルで、ジョディ・フォスターの監督した『それでも、愛してる』。
Main_largeうつ病に苦しむ男が、ぼろぼろのビーバーのパペットを左手にはめ、そいつを別人格として演じることで、周囲の人々と新たな関係を結びなおす。
主人公の幼い息子と、彼の演じる“ビーバー”が初めて会話するシーンだけで、もう他人事とは思えなくなってしまった。僕は離婚して十年の間、妻の飼っていた犬を「心の中で引き取って」、毎日欠かさずに会話しているからだ。その行為が何であったのか、この映画に教えられたような気がする。

メル・ギブソン演じる主人公は、大会社の社長で、その重圧に押しつぶされようとしている。だが、彼は“ビーバー”という相棒を自ら作り出し、彼を自由奔放に振舞わせることで、がんじがらめになっていた自分を解放することに成功する。
男であること、父親であることは少しも偉くない。「男らしさ」こそが、他ならぬ重圧なのだ。ジョディ・フォスターは聡明にも、その事実をつまびらかにする。白日の下にさらす。それだけで、この映画には価値がある。人々を解放する。自由にする。


『寄生獣』も、自分の体に別人格が顕現することで、ひとりの人間のパーソナリティが分裂していく物語だった。パーソナリティの分裂を防ぐため、新一はミギーを切断しようとしたことがあった。
だが、高校生ぐらいなら、むしろ積極的に自分を変えていこうとするのが自然な姿のような気もする。『それでも、愛してる』は、「自分は変わらない」「変えたくない」という強迫観念にとらわれた中年男が解放されるから、切迫感がある。

傍系的葛藤として、主人公の長男の話が進行する。彼は他人になりすましてレポートを書くのが得意で、学年主席の女生徒に卒業スピーチを依頼される。やがて彼は、彼女のカウンセラーのような不思議な立場をとっていく。
若い彼らも、やはり「言いづらさ」「生きづらさ」を抱えている。自分をオープンにして、己の置かれた社会的立場を、もっと活性化させたいと望んでいる。信用ある立場におかれた人間ほど、自分から解き放たれたいと願う。単に自由になりたいのではなく、融通無碍に自分を有効活用できないかともがく。
(普遍的なテーマだと思うのだが、意外とこの映画の知名度が低いのは、ある程度の運と才能に恵まれた人たちの悩みをテーマにしているせいかも知れない。)

例によって、映画の結論はどうでもいい。どうせ、プロデューサーの意向で保守的なところに落ち着くのだから。しかし、もっと多くの人、特に男性に見てほしい映画だ。


署名キャンペーン【痴漢被害根絶のため、「車内防犯カメラの設置」と「学校での性暴力対策教育」を求めます。】⇒
僕が今までやった署名の中でも、ワーストワンの集まりの悪さ。理由は、いろいろ指摘してもらった。それでも皆さん、この春から電車通学を始める子たちを、このまま見殺しにするつもりですか、と問いたい。

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