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きっかけはHEROMANのフィギュアから。「ベイマックス」コンセプト・デザインのコヤマシゲト インタビュー!(■)――アキバ総研とても良い取材でした。記事としては、貴重なラフ画稿をたくさん掲載しているので、ぜひ楽しんでください(使用しているのは、日本で使われている作監修正用紙です。ちゃんとコヤマさんに確認しました)。
コヤマさんがディズニー作品に参加されたことは、例外的なサクセスのようでいて、記事の最後のほうにある、「緊張して黙っているなんてもったいない、怒られてもいいから、とにかく話しかけてみよう」、この誠実な姿勢がすべてを語っていると思います。
この取材は、ディズニーさん、宣伝会社さんの対応も良かったんです。まず、コヤマさんは原稿を手直しするけど、ディズニー側は直しを入れない。それを、取材の前に言ってもらえたんです。問答無用で宣伝担当が赤を入れてくる日本のアニメ会社とは、裁量権の考え方が違う。
「EX大衆」で組んだマーベル映画特集のときも、同じ対応でした。作品タイトルとソフトの発売元、値段、それから版権表記だけは間違いなく入れること。以上です。記事内容には、ディズニーも他の映画会社も、まったく口出しはしません。その方が、こちらにも責任感が生まれます。
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レンタルで、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』。1997年公開だそうだけど、その頃は劇場版『エヴァ』で大変だったから。夏も春も、八王子の映画館で見たんだけれど、洋画を見た記憶というのは、ほとんどない。
いま、「新劇場版」の情報をちょっと検索してみたんだけど、なんとなく『エヴァ』最終作が公開されたら、「日本のアニメ、今までごくろうさまでした」って、終わってしまう(無くなるという意味ではなく)感じがしてきた。局所的には野心的な試みがくり返されているんだけど、「日本アニメ(ーター)見本市」にも、一種の焦りを感じずにいられない……。
今日、武蔵境駅前を歩いていたら、「アニメの町、武蔵境を舞台にしたアニメが始まる!」と書かれたポスターが貼ってあり、よく見たら『SHIROBAKO』の番宣であった。石黒昇監督と歩いた、思い出の通りだったこともあり、少し切なくなってしまった。
『セブン・イヤーズ・イン・チベット』は、異文化との交流よりも、ブラッド・ピットが次々と身分や家族を失っていき、ダライ・ラマ14世が彼の息子のように見えていく過程が面白かった。そのダライ・ラマにさえ、「あなたを父だと思ったことはない」と言われてしまい、それでもまだ生きねばならない。
ブラッド・ピットはダライ・ラマと別れ、まだ見ぬ息子と対面することを決意する。映画の中の人物たちは、時計やオルゴール、スーツなどを得たり失ったりする。その輪廻が、チベット仏教の思想とリンクしたりするのかな……と思いがちだが、そんな簡単なところに落としどころをつくらないのが、映画の奥深さだ。
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