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2015年1月 1日 (木)

■0101■

母の命日なので、武蔵境の花屋で、アネモネの花束を買ってきた。
店員さんがとても丁寧に包んでくれたので、「ありがとう」と、お礼を言った。年末、靴を修理に出したり、スーパーフェスティバルで売る物を宅急便屋に取りに来てもらったが、宅急便のお兄さんが「あれ、廣田さん? 以前、○丁目のマンションに住んでいた廣田さんですよね?」と話しかけてくれて、そんなことも嬉しかった。

雪の降り出しそうな曇天だ。
大学時代、友人が「今にも雨が降り出しそうな雰囲気が好きなんだ。この空気の湿り気や、かすかな雨の匂い……分かるか?」と話していたことを、たまに思い出す。


母が亡くなって4年、妻と離婚して10年になる。
もし離婚せず、「これが身の丈にあった幸福なのだ」と自分を騙して生きつづけたなら、あれから何か得るものはあっただろうか?と、考える。強気な妻の付属品、オマケとしての人生しか与えられなかったに違いない。

昨年は、GMOメディアが、フィギュアを「児童ポルノ」と呼んだことに対して署名活動を行い、引き続いて「児童ポルノ」という定義曖昧な呼称自体を改め、「児童性虐待記録物」と呼ぶよう、さらに大規模な署名キャンペーンを行った。
最初は表現規制に反対する意味合いが強かったが、「性虐待」の実態を知るべきだと思い、本を読んだり、NPO法人の会合に出席するなどして、ショックを受けた。そして、「児童ポルノ」という言葉に対する懐疑心も、ますます大きくなっていった。


僕の母親は、なぜ殺されたのか。あるいは、僕の父親は、なぜ自分の妻を殺したのか。
父親が、僕や母のことを自分の所有物で、殺すも生かすも俺の自由だと思っていたからですよ。父親は、僕の考えることにケチをつけ、僕の行動を疑い、嘲笑い、「ぶっ殺されてーか?」と脅すことも度々だった。

性虐待も、これと似た構図が引き起こしているように見える。「俺の子どもなんだから、俺が何しようと勝手」。性的嗜好よりも、子どもに対する支配欲・征服欲が原因。そう指摘する専門家が何人かいるし、僕が見聞した範囲でも、そのように感じられる。
家庭には、大人と子どもの絶対的服従関係が横たわっている。学校も、生徒の教師への隷属をベースに成り立った施設。だから、生徒への虐待、セクハラ、暴行は当たり前に行なわれ、他の生徒や保護者、教師や教育委員会が隠蔽する。
性虐待も、「一家の恥」なので、まず母親が子どもを疑い、叱り、あるいは無視する。子どもの弱い立場につけ込み、事件を「なかったことにする」陰気で卑劣な構造が、家庭や学校には巣くっている。

公判で父親の弁護に回った親戚たちは、「私の兄なのだから、弁護するのは当たり前」と言っていた。
僕は、僕の父親が「何をしたのか」を最上位に考えた。それが、人として「当たり前」の態度だ。父親だから許す、家族だから弁護するなどという怠惰で卑屈な考えが、数多の悲劇を隠蔽するのだ。


僕は、弱者が割をくらう、あらゆる事態に反対する。力や立場にモノ言わせて好き勝手をしている連中を倒したい。いま苦しい思いをしている人たちを、解放したい。
政治家は、例えば性虐待に対して冷淡だ。なぜなら、「力のある側が弱者を支配する」構造にクサビを打ったら、彼らの立場が脅かされる。だから、「児童ポルノ」という概念を使って、「悪い連中は、家庭や学校の外にいる変態性欲者だ」と、目くらましを行なう。
スクール・セクハラと戦うNPOの代表は「学校の外ではなく、学校の中をパトロールすべき」と言った。教師や親こそを、まずは監視すべきなのだ。しかし、国会議員には、有権者を疑うような勇気はない。

だから、僕たちがやらないといけない。
『性的虐待の時効は大人になるまで停止して下さい。子どもが全国どこでも助けを求められる体制を!』()……この署名の集まりが今ひとつなのも、結局は「家庭内で性的な事件が起きている」事実を直視したくない人が多いからではないか?と疑っている。
この事件の加害者は叔父だけれど、つまりは「父」や「男」、「大人」といった力ある立場を横暴に使うものたちへの反抗ですから。社会全体の立ち向かうべき課題です。

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