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2014年12月24日 (水)

■1224■

月刊モデルグラフィックス 2月号 25日発売予定
Mg
●組まず語り症候群 第26夜

今回のサブタイトルは「なんでこんなにグロいいのかよ」。ゲームズワークショップの超絶キット「マゴスロード」を取り上げています。
「マゴスロード」は2014年ラストにふさわしい、狂ったキットです。撮影中も、ずっと千葉ーザム氏と「すげー!」「この金型を彫った人、確実に頭おかしいな!」と言い合っていました。
未組み立てのプラモデルが「表現」として成立していることを、あらためて分ってもらえると思います。


友人に誘われて、吉祥寺オデヲンで『フューリー』。
シャーマン戦車の迫力バトルを目当てに行ったのだが、バッチリ、『プライベート・ライアン』の路線。陰鬱だけど、わずかに希望を残した知的な映画。

Fury_sub27_large最初は、とりつくシマもない乾ききった映画だな……と思わせておいて、第二幕で誰もが感情移入せざるを得ない美しいシーンを入れる。それが、ここに貼らせてもらったドイツの民間人の家庭で束の間、和やかに過ごす場面なわけだけど。このシーンで描かれた感情の起伏が、第三幕のティーガー戦車との接近戦、第四幕の最終決戦、すべてに影響してくる。


敵を容赦なく殺して「一人前の兵士」だと強がるような、マッチョな映画ではないです。人を殺すシーンは特殊メイクを駆使して、いちいち「嫌な行為」として描写している。
それでも、ティーガー戦車と出会ったときは、主人公たちと一心同体になって「倒せ倒せ!」と身を乗り出してしまう、そういう作劇になっている。「人殺しはよくないが、だったら、お前や仲間が殺されてもいいのか?」という問いかけに、観客も付き合わされる。

アメリカ映画が、今さらながらに「戦争は是か非か」と問いかけるのは、イラク戦争を経験したからでしょう。正義や大義に、確信がもてなくなってきた頃から、あらためて戦争を陰惨なものとして描きはじめた。
「理想は平和だが、歴史は残酷だ」と、ブラッド・ピットがあるシーンでつぶやく。僕らは平和な映画館で、その言葉を聞く。『プライベート・ライアン』を見たときも、まるで土木作業のような生々しい戦争に、もし自分が参加することになったら、何をするだろう?と考えた。戦争という状況は特殊だけど、そこに投げ出される生の肉体と生の心は、決して特殊ではない。戦争映画を見ることで、むき出しになった体や心を、考える。それが映画の、平時につくられる文化の価値なんだと思う。

「戦争反対。話し合いで解決しましょう」と夢見ている人、「人間はどうしょうもない生き物なんだから、戦争ぐらい楽しもうぜ」といきがっている人、両方を受けとめる度量のある映画。それをね、記念スイカを買えなかった観客が怒声をあげるほど平和な国で、誰でも見られるという幸福な状況ね。
文化的には、世界でも珍しいぐらい恵まれた国のはず。それは間違いない。


ラストの戦いは「?」という要素がいっぱいあったんだけど、映画の価値は「ラストがどうなるか」ではないんです。『フューリー』で言うと、兵士たちがドイツの民間人の家庭で過ごしたシーンが、映画全体にどう影響するのか、それがキモとしか言いようがない。それは見て、感じて、読み取っていく性質のものです。

だから、ラストがどうなるのか「お話のすじ」を「ネタバレ」だなんて、短絡的で雑な解釈をするのは、いい加減にやめたら……?
百点満点からの減点法もそうだけど、作品への評価を効率化すればするほど、審美眼は枯れていく。豊かさから遠ざかっていくんですよ。

(C)Norman Licensing, LLC 2014

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