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2014年12月19日 (金)

■1219■

EX大衆 1月号 発売中
Ex_taishu
●「日本よ、これがマーベル映画だ。」構成・執筆
『アイアンマン』から『アベンジャーズ』へいたるマーベル・スタジオズの作品群の連関を、表のようにまとめました。ラストは、『キャプテン・アメリカ』のミリタリー設定について、軍事関係の仕事の方にインタビューしています。

特集冒頭にも書きましたが、マーベル映画はヒロインも大人ばかりで、中高校生時代をSFXムーブメントにもまれて育った世代向けの娯楽映画としては、かなり成熟した完成度だと思います。

日本では「マニアック」と言われそうな高度なアイデアやセンスを、うまく大衆にも伝わるように希釈したり、分かりやすいビジュアルに転ばせたり、学びたいところはたくさんあります。


引っ越しのドタバタが、まだ片付いていない。
どんな業種でも、現場で懸命に働いている若者と出会うと、つい「ありがとうございます」と頭を下げてしまう。こちらがお金を払っているのだから、いくらいばってもいいとは思えない。仕事というのは、誰かに喜んでもらうことなので、上下も貴賎もない。

ひさびさに、いかにも老舗といった趣きの古本屋に、「これは価値のわかる人に買ってほしい」と思った本を数冊、持っていった。
白髪頭の主人が、「これは内容がいいんだけど、ちょっと折り目がついている」「こっちも貴重ではあるんだけど、最近はよく流通するようになってしまって」と、丁寧に見てくれた。古本業界の決まりごともあるとは思うが、自分ひとりでは推し量れない、流動する価値意識が生きていることを知り、すこし落ち着いた気持ちになれた。

「あまりに多くの価値観が乱立していると、人の評価は雑になる」と、友人は言う。
百点満点からの減点法で映画を評価すると、百点をこえる価値観を持てない。「どんなに素晴らしい映画でも、決して百点はこえられない」という考え方は、まず評価する本人の審美眼を痩せさせる。「星五つが満点で、それ以下の場合は、必ず欠点がある」と思って作品を見ると、気持ちの振幅にリミッターがかかってしまう。そこでは、新しい発見は見過ごされる。

ある数値までは必ず満たしたい、損はしたくない。だが、その数値をこえる場合は考えない。「想定外」ということにして、いわば「無かったこと」にする。


社会というより、「日本という組織」を維持することが目的になってしまっている。「組織を良くしよう」ではなく、単なる維持が目的なので、自浄能力がない。
『スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか』()という本を読んでいると、教師が絶対権力をふるう学校にこそ、すべての理不尽があったのだと思えてくる。問題が起きたら、まずは上下関係と仲間意識で「無かったこと」にしようと試みる。外部に問題が露見すると、たちまち個人に罰を与えて「落とし前をつける」。
だが、根本的な解決のために組織が努力したわけではないから、また別の場所で、まったく同様の問題が生じる。本来なら、組織に巣くっている構造を何とかしないといけないのだが、自分の任期中に面倒なことはしたくない――事なかれ主義の校長だの教育委員会だのは、そのまま国会議員や自治体職員に置きかえられる。

教師の側がそんな風だから、子どもたちが無力感を植えつけられないわけがない。
社会に出たら出たで、「効率」という名の点数主義が、広く柔らかなバッファがあるはずの文化や娯楽までもを採点していく。
これじゃ、社会が停滞して当たり前だよ。まずは、作品に対する採点をやめよ、と言っておきたい。

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