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2014年9月 8日 (月)

■0908■

前回の日記は、少しだけ愚痴るつもりが長くなってしまい、意外な反響の大きさに戸惑っています。
読んでくださった人の分だけ、「児童への性虐待」への関心が広がるといいな、と思いました。僕ひとりが騒いでも意味がありません。「性虐待などできないように、大人たちの意識を高める」以外、道はないと思います。

少しでも興味をもっていただけたら、『沈黙をやぶって―子ども時代に性暴力を受けた女性たちの証言 心を癒す教本(ヒーリングマニュアル)』()が、古本で一円で買えますので、読んでみてください。
出版当時、18歳だという高校生の手記もあれば、驚いたことに終戦直後の話も出てきます(つまり、証言者は70歳すぎのお婆さんです。性虐待が何十年も、死ぬまで心に影響を及ぼすことが分かります)。
「子どもに性虐待を行うのは、父親や教師が多い」と聞いたときは驚いたものですが、この本は、通り魔の犯罪にも触れているので、ある種の公平性が保たれていると思います。

森田ゆりさんの本は一般向けですが、もっと専門的な本を読むべきです……と、僕はTwitterを通じてアドバイスされました。
よくよく聞くと、その方も、幼い頃に性虐待を受けたのだそうです。
僕は、そういう方を晒しものにしたくありません。しかし、もし僕が黙ってネットから消えてしまったとしても、皆さんは「性虐待を受けて、今もつらい思いをしている男女が、すぐ隣にいるかも知れない」と意識してほしい(そのためにも、本を読んだり、人の話を聞いたり、考えるための「根拠」が必要です。「性虐待と言ったって、しょせんこの程度のものだろう」と頭だけで考えている人が、まだまだ多いと感じます)。

もし、僕が黙り込んだり、急に消え去ったりしたとしても、「性虐待」という理不尽で不可解な暴力について、話しつづけてほしい。常に話題にのぼっていることが、「性虐待」を抑止するものと信じます。


なぜ、ここまで熱心に訴えるのか、さぞかし不気味に思われていると思います。
もともと、僕は美少女フィギュアなどの創作物が、「児童ポルノ」と呼ばれて規制されている実態を知り、「その呼び方は、あまりにも不自然ではないか」と気がつきました。
それ以前に、法学者の園田寿教授が“やはり「児童ポルノ」という名称が誤解と議論の混乱を生んで、よろしくない。たとえば、「児童性的虐待記録物」といったような名称に改めるべきである”とおっしゃっていた()のを思い出して、そのような趣旨の署名活動を始めたわけです。

署名当初は、漫画やアニメなどの表現物を「児童ポルノ規制法」の研究に加える……という案が優勢でしたから、署名の意図は「表現物は児童性虐待記録物ではないので、それぞれ分けて考えよう」という趣旨にしました。
しかし、児童ポルノ法から、表現物の研究事項が外れたこともあり、「性虐待そのものを止めれば、おのずと性虐待記録物は生まれなくなるではないか」と、考えがシフトしました。
それから、書店で手に入る本を読んだり、児童保護活動をしている団体を回って、性虐待の実態を知るようになりました。


まだ、ぜんぜん読んでいる本の種類も少ないです。また、NPO法人へは「どうせ、こういう団体も漫画やアニメを目の敵にしているんだろう?」という偏見が、当初はありました。
しかし、「子どもへの性虐待」の不気味さ・不可解さは、本を読めば読むほど、話を聞けば聞くほど、心に染みこんでいきました。
ある女性は、「性欲が動機ではなく、子どもへの支配欲が性虐待を引き起こすのではないか」と言います。だから、社会的身分の高い男が、加害者に多いのではないか?と……。

それだけではありません。変質者による犯罪が少なくないのは、ご存知のとおりです。しかし、ニュースになるのは、通り魔的な凶悪犯罪ばかりです。
いま、平和なはずの家庭の中でひそかに行われている性虐待は、決してニュースになりません。「加害者の強いる沈黙」「被害者が守る沈黙」「社会が培養する沈黙」、性虐待を覆い隠す『沈黙の共謀』という言葉があるそうです(1978年、サンドラ・バトラー)。

僕が黙れば、あなたが黙れば、それは陰気で卑怯な『沈黙の共謀』に手を貸すことになる。それだけは、間違いありません。
日本人は、「まあまあ」と肩を叩いて、沈黙を強いるのが得意です。しかし、こんな理不尽な、「社会的・肉体的強者が弱者をなぶりものにしている」実態を知って、僕は黙っていられません。こうして公に書くことによって、どんな陰口を叩かれようとも。


本当は、まだ、こうして悠々とブログを書いていられるうちに、映画を見た感想を書き残しておきたい。
だけど、憂鬱ですね。楽しくないです。まだ仕事のあるうちに仕事に没頭して、少しでも文化に貢献したい。
まだいっぱい映画を見たいし、いろんな国へ旅行もしたい。あと一回ぐらい、真面目な恋愛もしたかった。

国会議員と、漫画・アニメファンたちによる公開討論は、11日の20時から配信です()。
この手の議論は、いったんピリオドを打つべきです。児童への性虐待を含む性暴力を止めるにはどうしたらいいのか、そろそろ社会全体で考えましょう。どう偏見をもたれようが、今夜の僕には、それしか言えません。

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コメント

 コメントを失礼致します。今回のブログを読んで、どうしても感謝をお伝えしたいと思ってしまいました。長文、失礼します。

 まず初めに、私はゴー宣関係の私アニメ・マンガ規制論争に参加したことで、廣田さんを知りました。

 廣田さんの「児童性虐待記録物」署名の活動を知り、そこから性虐待だけでなく児童への虐待全般。DVなどにも関心を持ち、少ないながらも今日までに3冊ほどの本も読みました。厚生労働省やNPO法人のサイトや資料を調べたりもしました。

 僅かながらも、そこまで出来たのは廣田さんのような勇気を持って発言・行動している方を知れたからだと思います。

 私には虐待体験などもあり、今までその手の話には深入りしないようにしていました。正直、考えたくも無かったんです。

 ですが、廣田さんの姿を見ていた勇気が湧いて来たんです。だから、逃げずに知ろう。考えようと思えたんです。

 その御かげで、知れて良かったと思えること。自分の抱えるものに一つのケリを付けることも出来ました。

 本当に、ありがとうございました。

 
 これからも、廣田さんには勉強させて頂きたいです。出来るなら、その姿から勇気を分けて欲しいです。

 そのためにも、私も自分に出来ることをします。
 ですので、お願いですから急に消えてしまうような事があっても、なんて言わないでください。

 身勝手な話なのは重々承知ですが、お願いします。

 長文、失礼致しました。

投稿: en | 2014年9月 8日 (月) 23時00分

■enさま
コメントに感謝いたします。
あなたはあなたの人生と誠実に、真正面から向き合うようになったのであり、私はたまたま目につく所に居合わせたに過ぎないのだと思います。

あなたの人生のほうこそ、よほど堂々としているし、言葉のひとつひとつが生き生きとしています。
体験に裏づけられた自信を感じるのです。頭だけで考えて、他人に何もかもなすりつける人たちと、明らかに違う。しっかり、自分の足で立ってらっしゃる。

……9月に入ってから、僕は急に臆病になってしまいました。
理由は、いろいろあります。母の死をはじめ、数年前からネガティブな要素が重なり合って、いつの間にか支えきれないぐらい重たくなっていたのでしょう。

だけど多分、たとえ街角で暮らすことになっても、今と変わらないことを言いつづけていると思います。肉声もあるし、紙に書いて配ることだって出来ます。
その方が、ネットより、世の中の人たちに伝わったりするかも知れません。

今夜は、心の底から思っていることをブログに書けて、あなたのような凛とした方に会えて、僕はそれだけで嬉しいです。
どうも、ありがとうございます。

投稿: 廣田恵介 | 2014年9月 8日 (月) 23時50分

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