« ■0828■ | トップページ | ■0903■ »

2014年8月30日 (土)

■0830■

レンタルで、『(500)日のサマー』。これは「ムービープラス」で、後半だけ見た。主人公が「カードライター」(カードに短文を書く仕事)で、すらすらと美しい言葉を口にするシーンで思い出した。ラストシーンも、よく覚えている。
334208_01_05_02いいんですよ。こういう映画は、中身なんてなくったって。パーティのシーンと、幸せなシーンと切ないシーンと、二人で映画を見るシーンがあれば。
あと、ロケ地が綺麗なこと。出てくる食べ物がユニークで上品なこと。恋愛映画は、それだけで十分。

『スター・ウォーズ』一作目が、ワンカットだけ引用されている(20世紀フォックスの映画なので)。あと、30歳前後の主人公二人が『ナイトライダー』の話をしたり、どことなくノスタルジアの漂う映画だ。


この手の、さして悲痛でも崇高でもない恋愛映画を見ていると、ハンサムな友だちと、彼の恋人のことを思い出す。
今でこそ、彼はよく出来た奥さんと結婚し、子供に恵まれているが、20代のころは美人で感情の起伏の激しい子と付き合っていた。(彼をMくん、彼女をN子さんと呼ぶ。)
Mくんは「N子と堂々と会うため」、実家からそう遠くない場所に、小奇麗なフローリングのアパートを借りていた。90年代のはじめ頃で、まだ世の中には、バブリーな空気が漂っていた。

夜中にMくんのアパートで長話ししていると、彼女から電話が来て、「今からN子が来るっていうんだけど、いい?」 N子さんは明るい子で、僕のような鬱屈した男にも、気楽に話しかけてくれた。
大学卒業時にこっぴどくフラれて以来、女性と距離のできてしまった僕は、Mくんが席を外しているときにN子さんに話しかけられると、間が持たないような気がして、どきまぎしたものだった。
「うわ、悪趣味!」と、N子さんが言う。彼女は『ワイルド・アット・ハート』の映画チラシを僕に見せて「見てよ、この衣装……」 だが、ファッションにうとい僕には、どこが悪趣味なのか、よく分からなかった。

N子さんが友だちを連れてきている夜もあって、いつも二人の周囲はにぎやかだった。僕は人付き合いが下手だったから、彼らの軽やかな人間関係には溶けこめないでいた。
誰も彼も、「お金がない」と言いながら、とてもオシャレだった。


MくんとN子さんの、どこか飄々とした恋人ぶりに、おそらく心のどこかで憧れていたと思う。
二人の乗った車に同乗させてもらったとき、洋楽のCDがかかっていた。「次の曲って何?」とN子さんが聞く。Mくんは抑揚のない声で、つぶやくように答える。「キミの嫌いな曲」。
そんな場面が、それこそ映画のワンシーンのように思い出される。
「キミさ……。その口紅の色だけは、何とかしなさいって言ったよね?」などとN子さんに不満をもらすMくんの声音には、不思議な優しさがこもっていた。

そのうち、Mくんには新しい恋人ができ、それからまた新しい恋人ができ、もちろんN子さんとの間には何度か修羅場が展開されたはずなのだが、それすらMくんは淡々と「泣きながら抱きつかれたら、追い返せないだろう……」と、他人事のように話すのだった。
「そういや、N子が会いたがっていたよ」 「会いたい? 誰に?」 「お前にだよ」――とうとう、N子さんの相談相手は、僕ぐらいしかいなくなってしまったのだ。
お互いの電話番号を知らないので、もちろん連絡のとりようなどなかった。


ところが、滅多に行かない渋谷を歩いていたら(僕のことだから映画の帰りだったと思う)、偶然にN子さんと出会った。「ちょっとだけ話していい?」と、僕はファーストキッチンに連れていかれた。
「会いたい」と言っていたわりに、N子さんはたいした話はしなかった。Mくんは、新しい恋人とうまく行っていたので、僕は正直に「彼は彼で、幸せそうだ」と答えてしまった。N子さんは、笑顔のまま涙をポロポロこぼした。20代なかばの僕には、対処の方法が思いつかなかったので、相手が泣きやむまで、黙っているしかなかった。

やがて、N子さんは泣きやむと、「彼女いるの?」と僕に聞いた。いるわけがなかった。「じゃあ、いいよね」と、彼女は自分の携帯番号をメモして、涙のまじった笑顔で僕に渡した。ぼちぼち、携帯電話が普及しはじめていた頃だ。
僕は何度か、彼女に電話してみた。何度目かで、「私、もう新しい彼氏いるし……そもそも、どうして廣田くんは私に電話してくるわけ?」
そのへんの間合いが、徹底的に測れない、20代半ばの僕だった。2~3年後、僕にも彼女ができたけれど、重たくて重たくて、11ヶ月で別れた。

30代に入ってから知り合った子と結婚したわけだけど、ご存知のとおり3年で離婚した。
もう、人生に恋愛のチャンスはないだろうけど、僕の恋愛観には、MくんとN子さんのジメジメした部分を他人に見せない洒脱な付き合い方が作用している。適度な出来具合の恋愛映画を見ると、今でも彼らに憧れた日々を思い出す。

(その二人をモデルにした短編小説が、これである。⇒

(c)2009 TWENTIETH CENTURY FOX

|

« ■0828■ | トップページ | ■0903■ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■0830■:

« ■0828■ | トップページ | ■0903■ »