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2014年7月 9日 (水)

■0709■

新宿シネマカリテでは今週金曜までの上映だというので、『ホドロフスキーのDUNE』、見てきた!
5392034cb2394thm 原作も読まずにデビット・リンチ版の『砂の惑星』を傑作だと信じていた自分は、未完成のままポシャったホドロフスキー版は「もし完成しても、大した出来ではなかったのだろうな」と勝手に思い込んでいた。
ところが映画後半、リンチ版の『砂の惑星』を見たホドロフスキーのコメントに、場内大爆笑。ああまで映画館が笑いに包まれた光景は、90年代以来、久しく見ていない。
大らかでユーモアがあって、優しくて、純粋な野心があって、誠実で崇高な魂をもったドキュメンタリー映画。

メビウスの描いたストーリーボード(絵コンテ)をCGで加工してシーンを再現しているのだが、まずは冒頭シーンがすごい。
ひとつの銀河系にカメラが寄っていき、やがて盗掘したスパイスを撒き散らしながらの宇宙船同士の戦闘のただ中へとカメラが飛び込み、宇宙服を着た兵士(?)をチラリとなめて、カメラはまだ奥へ進む……と、小惑星帯の中へとカメラが突っ込んでいく。これらをすべて、ワンカット長回しで撮るというのだ!
『スター・ウォーズ』の公開が1977年、このコンテが描かれたのは1975年の話だ。しかも、このオープニングシーンは「技術的に撮影可能」だったというから、驚く。


ホドロフスキーは、自分の映画に必要な「戦士」を世界中から選び、くどいて回る。
メビウスとクリス・フォス(彼の宇宙船が“小惑星に隠れるための迷彩”を施されているセンスが凄い!)、二人はホドロフスキーの城に寝泊まりした。
しかし、『2001年宇宙の旅』で知られていたダグラス・トランブルは、会いに行ったホドロフスキーの前で40回も電話をとったため、「見栄っぱり」と判断された。確かに、人と打ち合わせしているのに電話をとる男は、たいしたヤツではない。この映画は、ちょっとしたビジネス論にもなっている(気むずかしい芸術家との交渉の仕方だとか……)。
80歳をすぎたホドロフスキーは、「技術よりも精神が大事だ」と熱弁する。『DUNE』企画時は46歳だったそうだから、ほぼ僕と同い年だ。

ホドロフスキーが考えた、映画オリジナルのラストシーンも素晴らしい。
リンチ版では、ただ雨が降って終わりだった(それでも当時は感激したものだが)。ホドロフスキー版では、雨どころではない。もう脳が沸騰しそうなほどメッチャクッチャで感動的で、このシーンが実現していたら、『スター・ウォーズ』は生まれていなかったのではないか?と確信せずにいられない。
(どちらかというと、『イデオン』そっくり。ハッタリの上手さといい、どこか富野由悠季っぽい人だ。そして、ホドロフスキーのような煮えたぎるような情熱をもった監督は、アニメ界から消えつつある……。この映画は、アニメ業界の人にこそ見てほしい。ホドロフスキー自身、「僕の企画を、誰かがアニメでつくってもいいんだ」と語っている。)


複数のクリエイターによるビジュアルイメージを満載した分厚い冊子(その価値は、まさに『スター・ウォーズ』数本分に及ぶだろうし、このような試みがなければ『ブレードランナー』も生まれず、日本のアニメもまったく別の進化を遂げていたに違いない)は、各映画会社に配られた。
ハリウッドはホドロフスキーを拒絶しておきながら、その強烈なイメージの影響を受けずにはいられなかった。彼の企画が、企画の成功と失敗の目安にもなった。ホドロフスキーと、彼の編成した小さな軍隊は、負けたような勝ったような不思議な立場にたたされ、そのうちひとりは、うつ病のように部屋にこもりっきりになってしまう。
だが、ホドロフスキーは主役のポールを演じるはずだった息子を前に、「常にYesだよ。やめる時でさえ、Yes(よし、やめよう)じゃないか」と、笑顔を見せる。ドン、と背中を押された気持ちになる。なんという、スケールの大きな男なのだろう。

20代前半、山のようにつくって持ち込んだ映画企画に思いをはせる。
企画だけではない、若い頃の失恋の数々、つい昨日、失敗した仕事のこと……我々の身に起きるどんな些細なつまずきであっても、それはホドロフスキー的宇宙から見れば、「Yes」なのだ。

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