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改正児童ポルノ禁止法が、来週火曜(15日)から施行される。多くの国民は、まさか自分の本棚やパソコンの中が捜査対象になり得るとは、考えてもいないだろう。それどころか、児童ポルノの定義すら知らない国民が大多数だと思う。
『となりのトトロ』テレビ放映時、無邪気に「パンチラや入浴シーンがあるから、児童ポルノだ」とネットで騒いでいた人たちを見れば、認識のレベルが分かる(「バルテュスの絵画には実在のモデルがいるから、やはりポルノだ虐待記録物だ」と誇らしげに語っているインテリ崩れも、『トトロ』で騒いでいた大衆と程度は同じである。)
「漫画やアニメの研究が付則から外れた」とホッとしているのは、この改正案の行方を見守ってきた一部のファンだけだろう。新聞の社説は、あいかわらず「わいせつなアニメ」を「児童ポルノ」と絡めて語ろうとする。
僕は先週までに、三つの児童保護団体を回り、性虐待の実態を知ろうと試みた。共通して聞こえてきたのは、「児童を性的に虐待するのは、ごく普通の家庭の父親(あるいは母親の恋人などの近親者)がほとんど」「救ってくれるはずの母親は見て見ぬふりをする」。『なかったことにしたくない 実父から性虐待を 受けた私の告白』の内容と、ピタリ一致する。僕には、もうひとつピンとくることがあった。それは、実父から性虐待を受けていた知り合いの体験談だ。彼女も、「母親が助けてくれなかったことが、ショックだった」と語っていた。
(その女性は、現在は子どもをもうけていて、最後に会ったときは幸せそうにしていた。児童ポルノを「児童性虐待記録物」と呼びかえる署名に関して、彼女に声をかける勇気はなかった。)
数字だけを見ると、児童虐待全体の中で、性虐待の占める割合はわずかだ。しかし、多くの場合において、実父や義理の父親が我が子に性行為を強いている実態は、ほとんど社会に知られていない(地域によっては親戚ぐるみで隠蔽してしまい、警察に届けられることは滅多にないと聞く)。
社会が児童性虐待の実態から目をそむけたまま、「子どもを守るための法律」が改正され、多くの国民が「アニメも絵画も児童ポルノ」と思い込んでいる現状――その無知と無関心の中、全国民の本棚とパソコンが「規制対象」となってしまったことに、僕は戦慄をおぼえる。
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「子どもを守れ」と、現場から距離を置いている人ほど声高に叫びたがる。
しかし、性虐待を生き抜いたサバイバーたちは、いやおうなく大人になる。成長する過程で、より年下の子どもに性虐待を行ってしまう場合もある。風俗業について、そこから「やり直し」をはかる女性もいると聞いた。あるいは、家庭を築けたとしても、上手くいかない場合がある。性虐待は、その人の一生を修復不能なレベルまで破壊しかねない。
(だから、僕は社会が直視しようとしない性虐待の実態を、広く知ってほしいと思っているし、そのための努力をする。見すごされがちな抑圧、沈黙を決め込む社会に対して、僕は抵抗しているつもりだ。「表現規制反対」だけでは不十分だと感じている。)
児童ポルノ法に関心を持つ人たちも、かつてはみんな子どもだった。
アニメや漫画、二次元の世界を愛好するオタクたちは、果たして「自分たちの趣味」を守るためだけに、この法律の行方を見守ってきたに過ぎないのだろうか?
僕には、性虐待サバイバーのその後の人生と、自己肯定しきれずに悩んで育ったオタクたちの姿が、ちょっとダブって見える。僕の友人のオタクは、まだ2~3歳の頃、母親から激しい虐待を受けていた。僕の家では、父親が「飼い犬を殺す」とわめき、母親が泣きながら止めるようなことがあった。
家庭でなければ、学校で劣等感を植えつけられた人もいるだろう。思春期に「キモい」などと言われれば、性的に屈折するのが当然だ。実社会に対して不信と憎悪と怖れを感じて、いつまでも子どもの意識を捨て切れない人たち……それがオタクなのではないだろうか。
そして今、「アニメも児童ポルノ」と大新聞は社説でミスリードし、性犯罪者の家から同人誌が見つかった、わいせつな漫画が見つかった等のセンセーショナルな報道を繰り返す。結局、ターゲットにされているのはオタクたちなのだ。「ごく普通の家庭で、実の娘を犯す優しい父親」ではなく。
NHKでさえもが「児童のわいせつな画像など」を「児童ポルノ」と定義している。わいせつな画像の所持を禁止したところで、「ごく普通の家庭で、実の娘を犯す優しい父親」は摘発されない。写真やビデオにさえ残さなければ、彼らの虐待行為は「沈黙する社会」が覆い隠してくれるのだ。
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コメント
つまり、オタクは普通じゃないって言いたい訳?
投稿: 通りすがり | 2014年7月15日 (火) 16時45分
普通ならオタクとは呼ばれないわけで
普通ってなんだよっていう話でもあるのだけれど
投稿: | 2014年7月17日 (木) 10時03分
児童の性表現物を規制することで児童に対する
性的虐待に関しての対策をしたつもりになっただけで、実際には、解決に何も役立っておらず行動はしました。って満足感だけが一人歩きして、児童への性虐待が解決されないまま世間の関心が薄まっていってしまうのが問題だって言ってるんじゃない?
投稿: けったん | 2014年7月17日 (木) 12時50分
初めてコメントさせていただきます。
ろくでなし子氏が逮捕されて以降、それまで「私はあなたの意見には反対だが、それを主張する権利は命をかけて守る。」 と言ってきたのに、いざその時になったらニーメラーの詩を持ち出して「フェミざまぁ」と女性憎悪を丸出しにする表現規制反対の醜悪さに私は嫌悪感をもちました。
そりゃ、表現規制から助けてやりたいとは思うよ?
でも、「彼女のアートは性差別的で低俗で価値のないポルノとは違うから不当逮捕だ」とか言ってる連中に協力求められてもそりゃ断るよ?
性差別的で低俗で価値のないポルノ屋としては、なんでそんな奴らに協力しなきゃならんの?
NaokiTakahashi
https://twtr.jp/NaokiTakahashi/status/488702117821964289?guid=ON
これは例として挙げましたが(NaokiTakahashiさん、ごめんなさい)、このような発言が他の人からも少なからず出てしまった後の「私はあなたの意見には反対だが、それを主張する権利は命をかけて守る。」には言外に「その代わり、守ってやったからにはこちらに従え」という意味を含んでしまうと思うのですが。
そうであるならこれから先の規制反対運動にはかなりのマイナスになるのではないでしょうか。
廣田氏はどう思われますか?
表現規制反対派、立て直しが必要なんじゃないでしょうか?
投稿: べね豚 | 2014年7月17日 (木) 22時44分
■べね豚さま
はじめまして。
私が、実名で一方的にまくしたててるブログに、ツイッターの断片的な意見を持ち込まれても、戸惑ってしまいます。
>そうであるならこれから先の規制反対運動にはかなりのマイナスになるのではないでしょうか。
すみません、そう思うのであれば、あなた自身が、何かしら行動するよりありません。
私の署名活動もそうでした。「これはおかしいな」と思いついた本人が行動するよりないのです。
投稿: 廣田恵介 | 2014年7月17日 (木) 23時35分