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2014年1月13日 (月)

■0113■

昨日のスーパーフェスティバルにお越しいただいた皆さま、ありがとうございました。
Dsc_1722あいかわらず、ギムレット氏のレゴが大人気。自分が楽しんだ成果で、見知らぬ人まで笑顔にさせるなんて、すごい事だと思う。

僕の帰りの荷物は、売れ残った商品のみだったのだが、竹橋駅近くのコンビニに、袋ごと忘れてきてしまった。
それに気がついたのは、三鷹駅の改札を抜けたときだった。後日、あらためて取りにいくのも億劫なので、すぐさま竹橋まで引き返すことにした。所要時間は40分ちょっと。
荷物はコンビニのレジの中に、きちんと保管してあって、若い店員が笑顔で「お気をつけください」と手渡してくれた。


しかし、憂鬱な気持ちは晴れない。
たとえば、こんなニュース……。『迷子に「どうしたの」と声かけるべきか 「不審者」扱い怖く、「110番」した実例巡り議論』(
泣いている子供を助けようとして声をかけただけで、犯罪者にされてしまいかねない世の中が、平和といえるだろうか? 犯罪をおかすかも知れない一個人と、「アイツは犯罪者かも知れない」と疑心暗鬼にかられた群集と、どっちが怖ろしい?

いま、犯罪の起きていない場所に、「犯罪者をつくる」方向に世の中が動いているんだよ。
『マイノリティ・リポート』のように、「どうせ未来には犯罪をおかすに決まっているから、早く牢屋に入れてしまえ」という考え方が、支配的になってきている。
たとえば、誰に何を言われたわけでもないのに、「こういう表現はヤバイよな」と自粛することで、そこに犯罪の萌芽が生まれてしまう。自主規制という卑屈な態度によって、本来、何もない自由な場所に「犯罪の可能性」が生まれてしまう。

権力は、権力のみでは完成しないんだよ。権力を恐れ、怯えた群衆たちが屈服することによって、初めて権力は形になる。子供に声すらかけられない異常な世の中をつくっているのは、「ヤバイぞ、犯罪だぞ」と勝手に怯えている我々自身の臆病さなのだ。

(ついでに言っておくと、雑誌の記事をつくるとき、「こんなこと書いたらメーカーに怒られるかも」とビクビクしているライターや編集者は、表現と言論の自由を、積極的に権力者に差し出している。アニメ雑誌が、まるごと一冊広告の羅列になるのも道理というものだ。)


イスラエルは、『ネット上に「同意なしの性交渉」を描いた写真や映像を掲載することを禁ずる法律を採択した。』(
もし強姦を記録した映像があるとするなら、その犯人を探して逮捕すればいい。もし、頭に犯罪をイメージしただけで罰せられるとしたら、殺人事件を扱った映画、小説、あらゆる表現がタブーになってしまう。タブーにしたところで、犯罪がなくなるのだろうか?

僕が小学生だった昭和40~50年代には、猫や鳩、カエルの死骸が、街のあちこちに落ちていた。通学路に転がったままの死骸が、何日もかけて腐敗していくのを、友達と観察したものだった。
いま、街から動物の死骸が消えた。だけど、小動物を虐待する人間はいなくならないし、JR線では毎日誰かが列車に轢かれている。「人身事故」などと言葉を飾り立てても、死は隠しきれるものではない。

死や性などのタブーを、あるはずの場所から隠したがり、ない場所にタブーを生じさせようとしている。そして、タブーを破ってすらいない、破りそうな人間を疑う。むしろ、容疑者をでっち上げるため、あちこちにタブーを設置したがっている。それが今の日本であり、日本人だ。

「戦時体制に入ると、まず国家は自国の文化を破壊しようとする。」(クリス・ヘッジズ 『戦争の甘い誘惑』より)
迷子で泣いている子供に声をかけたら、逮捕されるかも知れない異常な国だよ? もはや一種の戦時体制でしょ。

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