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2013年12月26日 (木)

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オトナアニメ年鑑2014 本日発売

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●「前後上下」の位置関係から探る宮崎アクションの真の面白さ
今年は「ザ・テレビジョン Colors」「モデルグラフィックス」と、ジブリと宮崎駿について、かなり好き勝手に書かせてもらえた。
この原稿は、宮崎駿作品のアクション・シーンに限って話をしてほしい、というオーダーだった。「高い所」と「後ろ」をとった方が勝つ、というドッグファイトのセオリーが根底にあると思うのだが、ポルコ・ロッソはセオリーを破った戦い方をしている。

『もののけ姫はこうして生まれた。』を見れば分かるように、宮崎駿は、かなり早い時期から予定調和のカットワークを捨て、無意識の領域にたどり着こうとしはじめた。
その試みが、アニメーターの自由を奪うことにつながっていった。ところが、メイキングを見ると、意外と周囲の意見を聞きながらコンテや原画を直しているので、そこがまた面白くて困る。


ここのところ、いい映画に出会えないでいたのだが、イラン映画『オフサイド・ガールズ』、これには驚いた。
75c140d3601436d9bf49d9f8aa3af58a女の子とサッカーの映画と聞いて、「どうせ女の子がチームを組んでサッカーやるんでしょ?」と決めつけていた。まったく違う。
イランでは、女性が男のスポーツを観覧することが禁じられている。それでもサッカーが見たくて、男のフリをしてスタジアムに潜入した女の子が、兵士に捕まってしまう。鉄柵でつくられた簡単な檻の中には、すでに数人の女の子たちが囚われていて、試合を見られない彼女たちは、檻の中で意気投合する。
映画は試合終了までの100分間を、リアルタイムで追う。場所はスタジアム裏手の檻の中がほとんど。この思い切ったコンセプトが、役者とカメラワークに生命を吹き込んだ。

サッカーの大好きな彼女たちは、試合を見て興奮する兵士に実況するようワガママを言ったり、中には「トイレに行きたい」とウソを言って、脱走する女の子までいる。
その女の子が戻ってきて、「試合はこんな感じで進んでいたよ」と、仲間に説明するシーンが素晴らしい。四角に区切られた檻の中をサッカーコートに見立てて、その場で試合の模様を再現しようとするのだ。カメラは、嬉々として歩き回る彼女の動きだけを追う。
そこには、制約を逆手にとる表現のたくましさが、脈々と息づいている。


この映画は2005年のイラン=バーレーン戦の試合中に、ゲリラ撮影された。そのため、ドキュメンタリー的なカメラワークが主体。捕まった女の子に寄り添うように、カメラは群衆の中を進む。だが、彼女がスタジアムの裏手に連れていかれると、その場でカメラは為すすべもなく立ちつくす。
カメラは意志であり、知性であり、映画をフレーミングする万能の神のようでありながら、万能であるがゆえに、その限界を心得ている。

やがて、護送用のバスに乗せられる彼女たち。だが、映画はそこで終わらない。ついにイラクの勝利が確定すると、バスの外には国旗をつけた車から人々が乗り出し、爆竹を鳴らしたり歓声をあげたり……。人々の体温と歓声が寄せてかえす波となり、無限に広がっていく。
ひとりで落ち込んでいた女の子が、やはり逮捕された少年から花火をもらい、それを両手に掲げると、護送バスから熱狂する夜の街へと歩き出していく。彼女が手にしているのは、自由と愛情の灯火だ。

「女子はサッカー場に入れない」という、たったひとつのシチュエーションを取り出すだけで、お国柄や社会性が浮かび上がってくる。テレビに浸食されきった日本映画では、考えられないことである。
コンセプトが明快だから、カメラワーク次第でコメディにもなるし、サスペンスにもなるし、泣かせることだって出来る。CGで後から付け足す必要など、何もない。
次から次へと、泉のように湧き出す豊かさに圧倒され、心の芯が温められた。

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