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昨日、【人類は、いかにしてプラモデルの金型にパンツを彫りこんできたのか。】にご来場くださった皆さん、配信を見てくださった皆さん、誠にありがとうございます。
「二時間で、きれいに終われるかな?」と思いきや、最後のほうがグダグダになってしまい、申し訳ございませんでした。
ラスト一時間は、かなり余計な話をしていますが、録画してありますので、見逃した方は、どうぞ。→■
今回はやっぱり、「島田君からのお手紙」が白眉でしたね(開始21分ぐらい)。
しかし、もうちょっとハッキリしゃべらないと、私の声は非常に聴きとりづらい……。
あまりにトークに関してダラけているので、やはり、マチ★アソビは引退した方が良さそうだね。
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仕事に関連して、ジブリ・アニメを、6本ほど見返す。
『魔女の宅急便』は、数年前に見てから、愛しいアニメの一本となった。ヒロインに対して、フェティッシュが強烈なところがいい。女の子を「触れられないもの」「聖なるもの」ではなく、明らかに「手の届く存在」として描いている。
最初、ポスター案として、トイレに座っているキキを、宮崎監督が描いたでしょ。そういうことです。人に見せられない姿を、見せている。見せているというか、見たいから自分で描くんだ。
その反面、「素敵なボーイフレンドが現われたら、どうするの?」とか、中年が頑張って、乙女になろうと奮闘努力しているところ。あのセリフは、実際の女子中学生が聞いたら、ちょっと白けるんではないか……。でも、中年が監督して、中年が努力した痕跡に、胸打たれる。
公開当時(1989年)は大学生で、年上の女性と見に行って、ずいぶん恥ずかしい思いをしたものだった。40歳をすぎてから、急に愛しいアニメになった。
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あと、『耳をすませば』。近藤喜文さん唯一の監督作。
1995年の公開時、聖蹟桜ヶ丘でバイトしていたこともあり、当時から、気に入ってはいた。「あんな恥ずかしい話のどこが……」と言われたこともあるけど、別に映画というのは、ストーリーを主軸に見なくてはいけないわけではない。ボーッと映像だけ見ていてもいいし、途中で寝てもいいし、途中から見てもいい。
完璧であることより、主体性ある感想を持てることのほうが、よほど大事だ。
空間の抜け具合がいいよね。坂道が多いとか、思わぬところに、空が開けているとか。
20年近く前の作品だけど、ジブリは西東京に、美を発見したんだと思う。
僕もあの頃は、自分の住んでいる辺りの風景が好きだった。貧乏していると、視野が狭くなる。だから、自分の住んでいるところを肯定するしか、なくなるのかも知れない。
あと、前年の 『平成狸合戦ぽんぽこ』の作画枚数が、82,289枚。
『耳すま』は、64,491枚しかない。尺が短いから、当たり前ではあるんだけど。だから、やや小規模に作りはじめた作品。そうすると、動きがラフになって、ちょうど見やすくなる。
あと、『風立ちぬ』は見た人の人生を変えうるけど、『耳をすませば』は変えそうもない(笑)。その奥ゆかしさも、なかなか良い。
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『惡の華』最終回、やはり終わらなかったなー。
見世物小屋みたいに、「もっと、すごいのが出ますよ」と言いながら、「ハイ、そろそろお時間です」と畳んでしまうやり方も、それはそれでエンタメだと、俺は思う。
こんな窮屈なご時世だから、「まだまだ、俺たちはつくりたいんだ!」と叫ぶ自由ぐらい、深夜番組にあったっていいじゃん。
7月になったので、ロシアのトランジット・ビザの取得に、再挑戦するかな。■
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コメント
日曜日のイベント、お疲れ様でした。
最後一時間の大脱線、誠にすいません。
家でUstreamの録画を改めて見て、今更ながら恥ずかしい気持ちです。
やはり、「島田君からのお手紙」は実に生々しい当時の記録だと思いました。
生々しいといえば、「他のパーツには目もくれず、ビキニアーマーが削られた陽子の胴体パーツ」はちょっとショックでした。
全く想像していなかったところから、ユーザーのリビドーそのものが見えてしまったようで、思わぬ収穫だったかもしれません。
マチアソビ以来、貴重な経験をさせていただき、誠にありがとうございました。
投稿: べっちん | 2013年7月 2日 (火) 02時13分
■べっちん様
お持ちいただいたフリップのおかげで、かなり救われました。「島田君の手紙」は、文句なくすごいです。
当時の模型雑誌の記事なんて、探すだけで手間だというのに……ありがとうございました。
>最後一時間の大脱線、誠にすいません。
人前で話すことは、面白いですよね。
誰かが検閲するわけでもないし、自ら発する言葉こそが、自由の証です。
>全く想像していなかったところから、ユーザーのリビドーそのものが見えてしまったようで、思わぬ収穫だったかもしれません。
あれは売り物にもならないし、「俺が続きを作れという意味か?」と、当惑しています。
[fg]で、あのキットをすごく綺麗に作っている方がいて、ちょっと嬉しかったです。
投稿: 廣田恵介 | 2013年7月 2日 (火) 14時35分