« ■0408■ | トップページ | ■0411■ »

2013年4月 9日 (火)

■0409■

『劇場版 花咲くいろは HOME SWEET HOME』を見てきた。平日昼間なのに、かなりの入り。
Originalあいかわらず、詰め込みすぎなんだよな、『花いろ』は……。そのミッシリした感じが懐かしくもあり、同時に「いいから、どれかひとつのエピソードに絞れよ」と苦笑させられもした。
(テレビ用PVを見ても「夢 家族 仲間 すれ違う想い……」だもんね。テーマ多すぎ・笑)

一応、本田貴子さんの演じるママの過去話が、ストーリーの要所要所をクリップ止めしてはいるんだけど、「今回は、こういうお話です」とは、一言で説明しがたい。押井守さんが『オンリー・ユー』を撮ったときに「これじゃ、でっかいテレビだ」と反省したそうだけど、劇場版というよりは、テレビ・スペシャルという感じ。
つまり、テレビ26本で、『花いろ』の出来ることは、すべてやってしまったんじゃないか……。もう、緒花のママの話でいいじゃん。高校生のママ、存在感あって良かったじゃん?

それでも、「坂道を登る」「駆け下りる」という、僕の好きな絵は、ちゃんと用意してあった。ようは「走る」シーンを、いくつかカットバックさせるんだけど、くどいんだわ、これがまた(笑)。
だけど、キチッと整った映画が面白いかっていうと、そういうものでもないし。そもそも、名作とか良作とかより、個性的な作品が見たいのであって。


『翠星のガルガンティア』第1話は、結局、Aパートの戦闘シーンばかり、何度も見返している。
Gargantia_sen_01_01_webようは、「二つの世界観をぶつける」という構成である以上、AパートはAパートで、完結していないといけないわけですよね。すると、主人公のモノローグは多くなるし、仲間や先輩の死に、主人公は人間らしく反応しないといけない。でないと、Bパートに入ったとき、とても感情移入できない。
そういう内面の分かりやすいキャラを、僕は「アニメ人間」という、やや失礼な言い方で表現してしまった。

……ただねえ、主人公を「いいヤツ」と分かってしまっているからこそ、Bパートの船団の人たちとの断絶感が薄まってしまったのは、確かだと思う。(えらい贅沢な不満だけど。)
アニメって、抑圧から解放されて終わる物語が多いし、キャラクターも、あらかじめ開放的な性格だったり、そもそもセル画というか「キャラ絵」ってのは、内面をむき出しにしてますよ。明るく活発な女の子は、暖色系の髪色・服色でしょ。『ガルガンティア』の主人好は、白い髪と黒いスーツで、クールさを象徴している。キャラの色や造形は、言語なんです。漫画より、アニメのキャラクターの方が、言語として雄弁です。

アニメって、演劇に近いよね。「すべて舞台の上のお芝居です」と前提したうえで、いかに感動させられるか。
『ガルガンティア』は、(Aパートの想像力のかぎりを尽した戦闘シーンも含めて)「絵」という意味では、もうギリギリの臨界点まで来ていると思う。
さて、そこから先なんです。シナリオも大事だけど、「絵」ってのも言語だからさ。ここまでの完成度の「絵」を使って、何をどう見せてくれるのか、もうゾクゾクしてる。


なぜか知らねど、「エヴァコン」というのに出ることになってしまった。誘ってくれた友達も僕も、46歳である。
その4日後が「スーパーフェスティバル」出店。数日後、マチ★アソビのため、徳島へ。

マチ★アソビ、10月も、必ず一本、イベントやります。昨夜、ある監督が電話で約束してくれました。
その後か前か、またクロアチアへ行きます。今度はツアーではなく、自力で行きます。

(C)2012 花いろ旅館組合
(C)オケアノス/「翠星のガルガンティア」製作委員会

|

« ■0408■ | トップページ | ■0411■ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■0409■:

« ■0408■ | トップページ | ■0411■ »