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2013年2月27日 (水)

■0227■

談話室オヤカタ「#0399 廣田恵介さんの新刊『俺の艦長』は、男のロマン!」
ひさびさに、出演してきました。艦長とは言っても、『原潜シービュー号』とか『犯罪捜査官ネイビーファイル』とか、すごい話になってますね。

いちど本を出してしまうと、それについて語ることは、実はあまりなかったりしますが……。
むしろ、来週配信分のほうが、「そもそも、作品を語るとはどういうことか?」に触れていて、そっちの方が面白いかも。


僕が、テレビの地上波の番組を流しっぱなしにしていて「やばい」と思ったのは、CMを見ていたとき。CMというのは、ひとつの印象しか持たせないように作られている。つまり、「この商品をいいと思え」「買え!」ですよ。個人の「多様な解釈」なんて、拒絶するように出来ている。
バラエティ番組なんて、見なくなって久しいけど、テロップを出して「さあ、ここで笑え」「ここは泣くシーンだ、泣け!」と合図する。

「勝手に考えるな」「言ったとおりにしろ」が、日本の教育です。先生が黒板に書いたことを、みんな丸写しにする。そのノートをコピーさせてもらえば、テストで点数がとれる仕組みになっている。やはり「個々人の自由な思考」を徹底的に排除する構造。
だから、「先生が黒板に書き、生徒が一方向を向いてそれを丸写しにする」光景は、「テレビに何が映っていようと、とにかくモニターを眺めつづける」構図へ、そのまま直結する。

「NO」と言っていいんですよ。
この前、『テッド』を観に行ったとき、「映画泥棒」のCMが新しくなっていて、みんな笑うわけですよ。「バーカ」って感じに。まだ救いがあると思ったね。あのクソCMが笑いものにされている状況は。
映倫に規制されているのに、「法律なんだから当たり前だろ」と開き直るのは、自らの足に奴隷の鎖をつけるようなもんですよ。


中学三年生の男子が、警察に誤認逮捕されました。→
だけど、警察は罪には問われない。「逮捕されるぐらいの悪いこと」という言い方をする人がいます。いや、誤認逮捕した警察がいちばん悪いでしょ? だけど、権威に逆らうことを知らない人が、あまりにも多い。

『戦後史の正体』を読むと、無条件降伏したこの国が、自ら望んで自由を手放していったことが、とてもよく分かります。「考えるな」「権威に従え」という国に、どんどん傾いていった。
だけど、映画やアニメを、親に止められようと友だちに笑われようと見続けるのは、それが自由への通行手形になり得るからです。ハリウッド映画に「クソッタレ、アメリカのグローバリズムめ!」と怒っていいし、怒るためにハリウッド大作を見る人もいる(笑)。
最近、『突然炎のごとく』を見たけど、半世紀も前の映画だから公式サイトなんてないですよ。だから、宣伝担当に「そんな風には書かないでください」と検閲されることもない。映画は、野に放たれるんです。
あらゆる映画、あらゆるアニメは、自由を目指す物語だし、最後に解放されて終わるじゃないですか。(例外はあるよ、もちろん。だけど、ここではテストの答え合わせやってるわけじゃないからさ!)

自分の考えを持つには、経験を積むしかないんです。経験とは、つまり失敗です。失敗して、立ち上がったときには、レベルアップしているから大丈夫。
そのとき初めて、「笑ってください」と提示された作品に、なぜか泣けてしまったりする。作品とあなたの関係は、いつだって自由だし、これからも無限に変化していく。
「さあ、ここで泣け」と言われたとしても、丸写しせず、コピペせず、「あなたの勝手な解釈」を起動させてください。それが、創造的な生き方です。

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2013年2月25日 (月)

■0225■

週末、小学校時代の友人と2人で、地元で『テッド』鑑賞。
Main_large_2 80年代ネタが満載で、友人に言わせると、映画だけではなく、音楽ネタもマニアックだという。それにしても、『フラッシュ・ゴードン』の扱いの大きさには、笑いを禁じえない。
自分が少年期に出会う作品は、自分で選びとることが出来ない。だから、必然的に肯定せざるを得ない。主人公も、5歳のときから一緒のテディ・ベアから離れられない。

いつまでも『フラッシュ・ゴードン』を愛するテッドは、主人公のアルター・エゴだ。主人公は恋人との距離を縮めようと心がけているが、テッドは『フラッシュ・ゴードン』ネタで彼を惑わす。テッドのせいで、主人公は社会人として成熟できない。
だから、テッドというアルター・エゴと決別するか、飲み込まれる話だと思った。だって、セックスやドラッグを積極的に楽しむ一方で、『フラッシュ・ゴードン』も同じぐらい熱烈に愛する精神状態って、かなり幸福だと思うもの。
だから、『フラッシュ・ゴードン』のサム・ジョーンズが登場するシーンが、この映画のピーク。「ああ、やばいところまで来ちゃったな」「でも、いい映画だよな」と複雑な気分だった。
そこから先の展開は、まあ、大衆向けだ。「オチ」なんてものに、映画の真実はない。


主人公は35歳で結婚を決意するけど、僕も同じだった。
今のアメリカで、白人でレンタカー会社の社員で……って、どれくらいの身分なんだろう?と、僕はアメリカで暮らしていた友人に聞いた。
この映画の舞台はボストンで、冒頭いきなりユダヤ人の子供が袋叩きにあっているシーンから始まる。インド系のノラ・ジョーンズ(本人役)に向かって、「お前、イスラム系だったな。911とは関係ないのか」と口をすべらせるシーンもある。

生まれてくる国や地域は選べないが、少年時代、どれだけ幸せを感じていたかは、一生に影響を及ぼす。社会人になっても、自分の中の少年は消えない。
「懐かしい」「あの頃は良かった」は、中年最大の罠。『テッド』は、その罠に立ち向かう映画だ。あるいは、罠そのものだ。

どんな人生を選択するにせよ、「懐かしさ」の快楽に溺れれば、人生は尻すぼみに終わる。


昨秋の「特撮博物館」展で、「来場していた子供たちには、特撮の伝統を引き継いでほしい」と言っているお客さんがいたけど、気味の悪いことをおっしゃるな。
今から昔ながらの特撮をやるより、CGの方が環境もいいし、会社もいっぱいあるし、海外でも活躍のチャンスがあるし、いいことづくめじゃないですか。自分たちの若かった頃の文化を美化するあまり、現状を過少に見つもっては、イカンですよ。

「今の深夜アニメなんて、見られたもんじゃない」とかさ。それは、あなたの目が衰えただけなんで。
15歳から20代前半までは、好奇心も旺盛だし、いちばん集中して作品を見られるような気がする。それをね、40ぐらいのオッサンが「つまんない作品ばかりで……」なんて、否定する資格ないですよ。「あの頃は良かったな」と語り合えるのは、やっぱりオッサン同士の間だけ。それがマナーでもあろうしね。

(C)2012 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

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2013年2月23日 (土)

■0223■

『バニラ・スカイ』のキャメロン・クロウ監督の『あの頃ペニー・レインと』を夜中から、明け方にかけて見る。
163038view003ペニー・レインと名乗る、夢に生きるような少女(といっても20代半ば)。初登場のワンカットで、決して忘れられないような撮り方をする。やはり何といっても、衣装がすばらしい。
遅々として進まぬ仕事、手のとどきそうな名誉、それと引きかえの泥沼のような倦怠……、興奮と不安がないまぜになった、二日酔いの朝のような映画。

「本当の芸術は、罪悪感と憧れの中から生まれる。そして、セックスと愛にからめとられるように存在している」――映画の終わりごろ、そんなセリフがある。肉体を感じさせる言葉だ。


にぎやかなパーティの前、いつも、飛行機の機内アナウンスを真似ていたペニー・レイン。男に捨てられ、ついに現実に戻る決意をした彼女は、飛行機に乗り込む。そこで彼女は、本物の機内アナウンスを耳にして、その言葉をなぞる。夜の明けていく痛々しさ、身を焦がすような朝日のまぶしさを感じさせるシーンだ。
そんな演技の、撮影の、小道具の、衣装の創意工夫が、あちこちに散りばめられている。

そのすべてが、人生を祝福する。「大丈夫、何とかなる」と肩をたたかれた気分だ。


Tumblrは、すっかり忘れていた数年前の記事を、思いがけないタイミングで取り上げてくれるので、僕にとっては面白い存在です。
こと、『ぼくのエリ 200歳の少女』に、映画倫理委員会が高圧的な姿勢で改定を加えた事実については、末永く語り継いで欲しいと思っている。

先日は、『ぼくのエリ』規制問題についての「映倫は、登場人物の自由をさえ、もぎとる」という記事()を、多数のTumblrで取り上げていただいたようだが、中には、こんなコメントを付ける人もいた。
「何寝呆けた事言ってんだ。日本の法律で問題があるから規制しただけだろ。最初からそこが問題になる事判ってて持ってきたんだろうしな。」(

……日本の法律って? べつに法律なんて調べてもないんだろうけど、こうして考えることを誰かに任せ、他者に取捨選別されたものを自ら選びとったと勘違いし、権利を行使しているつもりで義務にがんじがらめにされて、生きてきたのでしょう。
いつもなら「かわいそうな人」ですませるところだけど、ほとんどの人が「決まりだから、仕方ない」とあきらめ、「俺たちには、どうしようもない」と責任を放棄し、「もう決まったものを、変えようとするな」と他人にまで怠惰なルールを押しつけているのが、今の日本だと思います。

「奴隷は、奴隷の境遇に慣れ過ぎると、驚いた事に 自分の足を繋いでいる鎖の自慢をお互いに始める。 どっちの鎖が光ってて重そうで高価か、などと。
そして鎖に繋がれていない自由人を嘲笑さえする。 」
「現代の奴隷は、自ら進んで奴隷の衣服を着、首に屈辱のヒモを巻き付ける。
そして、何より驚くべきことに、現代の奴隷は、自らが奴隷であることに 気付いてすらいない。
それどころか彼らは、奴隷であることの中に自らの 唯一の誇りを見い出しさえしている。 」(リロイ・ジョーンズ)


自由さに鈍感で、権力に盲従する者は、幼年時代に耐えがたい抑圧を経験している。本人がそれを認めないかぎり、負けっぱなしで人生は終わる。

DreamWorks/Photofest/ゲッティイメージズ

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2013年2月21日 (木)

■0221■

月刊モデルグラフィックス 4月号 25日発売
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●廣田恵介の組まず語り症候群 第4夜
今回のサブタイトルは、「ガールズ&無限軌道」。
特集と関連あるようなないような、キャタピラ付きメカについてのあれこれを書きました。

そして、「今月の没ネタ語り」は、私のコレクションから紹介。
もともと、副編集長に「廣田さんの同人誌、あったでしょ? アレですアレ!」という提案のされ方をした連載なので、順調にそっちへ向かいつつあります。


「ダ・ヴィンチ電子ナビ」で、『俺の艦長』を取り上げていただきました。→
しっかり読み込んで、よく咀嚼された書評です。内容が、この評者さんの言葉にキッチリと置き換えられている。「マイナスとマイナスをかけてプラスにするという荒業」「彼らに頼る分、彼らのために何ができるかを常に考えて行動する」……俺、こんな上手い言い方してないもんな。

『俺の艦長』については、来週水曜(27日)配信の「談話室オヤカタ」でも話すけど……。
ようは、主体性をもって「俺はこう思う」と表明することを、みんな嫌がる。そして、主体性をもったヤツを批判する権利だけは、みんな欲しがる。
自由のないことを、みんな自慢したがる。中間テスト前に「ぜんぜん予習してないよ」と溜め息をつくのと、打ち合わせ時に「ぜんぜん会社から帰れないよ」と自慢するのは、まったく同じ。奴隷の鎖自慢だよね。


……ひさびさに、憂鬱な話でもしますか。
「チェルノブイリの基準とお住まいの地域を比べて見てください」→
この表によると、三鷹市の僕の家は、空間線量が0.6μSvを越えることはないけど、3,000Bqの汚泥を検出してしまったので、第三区分かな。移住権利対象区域ですね。僕が西日本に移住したら、政府が引越し費用を持ってくれる……ま、旧ソ連ならね。
日本政府は、とにもかくにも「汚染なんかなかった」ことにしたいので、このまま半睡のように、東京都民の暮らしは続くのでしょう。

あと、朝日新聞の医療サイト「アピタル」の記事も、興味深い。→
家庭菜園で、原木シイタケや山菜を食べていた70代の老人が、ホール・ボディ・カウンターで2万Bqという壮絶な数値をたたき出したが、スーパーの食べ物に変えただけで、体内の数値がどんどん下がっていったという話。
これは、地域の食文化にも関係する話だから、よく読むといい。俺は、自治体や食品業者に問い合わせて、放射能検査のズサンさを思い知らされているので、スーパーでは野菜も肉も買わないけどね。


大阪で、東北の瓦礫が燃やされるようになって、「目が痛い」「心臓が変だ」と訴える人もいます。……「そんなに早く被曝症状が現れるなら、東京に二年も住んでいる俺らは死んでるだろ」と、友だちと笑いあうわけですが。
西日本や海外に移住した人の、「まだ日本(東京)なんかに住んでるの?」などといったむき出しの優越感に、辟易することもある。

結局、日本人がバラバラであることだけが明らかになってしまった。何が変わるわけでもないけど、来月下旬は、ヨーロッパを旅行してきます。

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2013年2月18日 (月)

■0218■

『バニラ・スカイ』のリメイク元である『オープン・ユア・アイズ』。
Untitled(←ペネロペ・クルス、このとき23歳。)
翌日、やはり『バニラ・スカイ』のイメージソースとなった『突然炎のごとく』を借りてきたんだが、引用元に当たれば当たるほど、『バニラ・スカイ』の独自性が、ありありと炙り出されてくる。
(やたら「何だ、パクりか」と言いたがる人は、参考書のような「正解」が作品に内在していると信じ込んでいるのだろう。)

まったく同じプロットで同じ人物を演じたはずのペネロペ・クルスは、なんと「同じ役を演じたつもりはない」と言い切っているが、確かに彼女は、2本の映画で別人のような振る舞いを見せる。『バニラ・スカイ』のほうが、ディテールが豊かだ。
例えば、ペネロペ・クルスが初登場するパーティのシーン。『バニラ・スカイ』には、ホログラフィのコルトレーンが現れる。空中に投射されたコルトレーンを、好奇心いっぱいに手で触れるペネロペの仕草に、胸ときめく名シーンなのだが……、コルトレーン=そこに存在しないはずの死者が、テクノロジーのお陰でパーティ会場にいること自体、「すべてが人工の夢である」という作品の根幹に触れているわけだ。

……ここまで書いて、ちょっと『ゼーガペイン』を思い出した。
どんなに素敵なものでも、しょせんは予兆にすぎない、という切なさが『バニラ・スカイ』の魅力なのかも知れない。
映画に限らず、僕は虚構が虚構であることを、自ら告白するシーンが好きだ。


モデルグラフィックス誌のバックナンバーで、『風立ちぬ』を読んでいたら、「創造的人生の持ち時間は10年だ」という言葉に出くわす。残酷とさえ言える、この端的な言い切りが、宮崎駿らしいと思う。自分の持ち時間が過ぎてから、若者にそれを言うのか?という、ある種の悪意が……ねえ。

宮崎駿といえば、週末に友人と飲んだとき、「飯田馬之介の『もののけ姫』は『第08MS小隊』で、前田真宏の『もののけ姫』は『青の6号』」と力説してみた。
飯田さんと前田さんが、揃って参加した宮崎作品というと、『ナウシカ』『ラピュタ』だけなんだけど、例えば『青の6号』でインタビューに行ったとき、前田さんは『未来少年コナン』の話を熱心にしていた。言われてみると、水没した滅亡後の世界でたくましく生きる人々……なるほど、共通点がある。

メモ的に書いておくと、『もののけ姫』のときの宮崎さんは56歳。『08小隊』のときの飯田さん、35歳。 『青6』のときの前田さん、37歳。
作家でなくとも、誰にでも「創造的な10年」はあると思うよ。誰にだって、「俺の『もののけ姫』」と言えるような、必然的に手を下さざるを得ない一本の仕事ってのも、あるはずだし。


明日は、ひさびさに「談話室オヤカタ」の収録に呼ばれている。『俺の艦長』について、話します。
来月は海外旅行、4月はスーパーフェスティバル参加、5月はマチ★アソビ参加。遊びの予定だけは、いろいろある。

(C)Copyright 1997 - Artisan Entertainment - All rights reserved

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2013年2月15日 (金)

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輪廻のラグランジェ season2 最終巻 22日発売
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●ブックレット構成・執筆
最後のインタビューは、佐藤竜雄総監督と鈴木利正監督の対談です。「このアニメには、初めから鴨川市の資本が入っていた」と誤解している人にこそ、読んでほしいですね。

『ラグランジェ』で、初めてIGへ呼ばれていったのが、一昨年の5月。放映の半年前から、キャッチコピーを考えたりしてたんだな。
とにかくまあ、一本の番組に関わる、何十人という異なる立場の人たちと話したからね。そりゃあ、もちろん(差し引きゼロで)いい体験でした。


レンタルで、『トランスフォーマー ダークサイドムーン』。
006このジオラマ感とでも言おうか、空間の密度感。一時間に及ぶ市街戦……、イラク戦争のごとく焦土と化したビル街を人間たちが走り、彼らの走る距離の分だけ離れた位置にロボットが立ち、互いに撃ち合っている。

つまり、カメラを引っ張っているのはCGのロボットではなく、俳優たち、人間たちである。人間が尺度になるから、「あれだけ必死に走ったのに、たったこれしか移動してないのか」という苛立ちが生まれ、だからこそ、巨大なロボットが駆けつけたときの安堵感も生まれる。
人間を主軸にすることで、シリーズの見え方が大きく変化した。ロボットの歩幅なら、映画は90分に収まっただろう。人間の歩幅で走るから、二時間半をこえているわけだ。

ロボットの長が「かつて、われわれは神々だったのに、この惑星ではマシンに過ぎない」と嘆くのも、気が効いていた。そういう言い訳、エクスキューズが、世界観の端っこをキチッと収めてくれる。


大学のころ、よく帰りに模型会社に寄って、仕事を手伝っていたんだけど……。

ある日、社長が進行具合を見にきて、「おっと、“飲み行けるペース”じゃん」とか言うわけです。「こんないいペースでやってたら、飲みに行けちゃうよ?」って。
ダラダラやってると、朝までかかっちゃったりするわけ。だけど、「飲み行けるぞ」って言われると、すごく効率のいい、高密度な仕事ができる。カラオケで歌うだけの体力も、温存しながらさ。
「仕事終わらせて、死ぬほど飲もうぜ」って意志統一すると、もう背筋がピンと伸びるよね。

「よし、飲みに行くぞ!」って決めたのに、仕事がグズグズで終わらなかったり、手抜きのやっつけ仕事になってしまう人は、もともとそういう性格なので、助けようがないけどね。
少なくとも、人から「早くしろ!」と言われるよりは、「早く終わらせよう!」と自分で仕切れるほうが、気持ち的にはいいはずです。

(C)2011 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

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2013年2月12日 (火)

■0212■

一両の戦車の中だけで完結する、異色の戦争映画『レバノン』。
Lebanonstills_0987819外の風景は、すべて戦車のペリスコープごしにしか見えない。テロリストが、民家に立てこもっているのが見える。砲撃手は、家の中に小さな子供がいるのを目撃し、「撃てない」と焦る。そうこうするうち、テロリストは自爆。
子供の母親が、ふらふらと建物から出てくる。歩兵たちは「立つな」と銃で威嚇するが、子供を失った母親は、もうろうと付近を歩き回る。そのうち、服に火がうつってしまい、彼女は泣きながら、服を脱ぐ。裸になって立ち尽くす母親に、歩兵は毛布をかけ、「危ないから、しゃがんでいろ」と、今度は優しく声をかける。
――その一連を、戦車の中から見ている主人公たち。そして、我々。


敵陣の中、戦車の内部だけで完結する『レバノン』は、もちろん『ガンヘッド』によく似ている。実は、ミリタリズムに徹しすぎたことが『ガンヘッド』の失敗であり、成功でもあった。
Cafqcnyp
(←天神さんジャケットのDVDを、ひさびさに再生。)
「ガンヘッドパーフェクション」収録の資料を見ると、驚いたことに、冒頭の地図が映るシーンは「'40年代の戦争映画や『カサブランカ』『脱出』をホーフツとさせるレトロ感覚」と、台本に書かれており、つづくロボット戦争のシーンは「第二次大戦のニューズ・フィルムの一駒のように――」と書かれている。だから、モノクロだったのか!
しかも、地図~ロボット戦争のシーンには「ブラスバンドのカッコ悪い曲」を流して、違和感を生じさせる狙いがあったという。(サントラの12番目に入っているマーチが、多分それだろう)

敵の警報システムが40秒後に反応するから、隔壁爆破後30秒でジャミング装置を作動させ、警報を鳴らさせない……敵を騙しながら突破口を開いていく展開は、原田眞人監督が最も参考にしたという『サハラ戦車隊』に、なるほどよく似ている。
しかし、セリフがカットされているせいもあり、「なぜ爆破後30秒でジャミング装置をオン」なのか、さっぱり分からない。簡単に分からせようとしないし、誰の好みに合わせようともしていない。ちっとも優等生じゃないところが、『ガンヘッド』の魅力なんだろう。

誰にも理解されなくても、なぜか堂々として自信たっぷり。そういうヤツが、僕は好きなんだと思う。


北朝鮮の核実験に合わせて、日本政府は「防衛省や文部科学省など関係省庁の幹部が出席して、放射能対策に関する連絡会議」を開催。→
福島第一原発事故で国内が汚染され、都内ですら「住めない」といわれる場所があり、スーパーで売っている食品にまで放射性物質が混ぜられている状況を許しているくせに、他国からの汚染にだけは、何故こうも対応が素早く、また厳しいのか? 意味が分からない。論理性がない。

僕らはもう、二年間も汚染された国に住んでいる。今になって、他国のせいで汚染されたかのような偽善的な態度を、とらないでほしい。
自分の罪は棚上げしたまま、他人を徹底的に責めたてるような大人ばかりで、本当に恥ずかしいし、申し訳なく思う。そう思えないヤツがいたら、自分で自分を殴ってください。
仕事に戻ります。

(C) 2009 METRO COMMUNICATONS / PARALITE PRODUCTIONS ARSAM INTERNATIONAL sarl / ARIEL FILMS GmbH ARTE FRANCE CINEMA All RIGHTS RESERVED

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2013年2月10日 (日)

■0210■

伝説巨神イデオン Blu-ray BOX 20日発売
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●ブックレット一部担当
富野由悠季さん、庵野秀明さん、新房昭之さんのインタビューを担当しました。富野さんのインタビューは、かなり深いところまで聞き込むことが出来ました。読み物として、そうとう面白いはず。

記録全集の復刻版が付属しているため、箱はかなり大きいです。


懇意にしていただいている編集者に、女装バーへ連れていってもらった。僕も彼も女装はしないけど、すごく楽しかったので、朝までひとりで店に残った。客は、いろいろ。女の人もいたし、オッサンもいたし、外国人も来た。下品なジョークが飛び交った。原発の話も出た。誰もが、自由という名の空気を呼吸していた。

性は、生まれながらに人を分けへだてる。抑圧を知った者だけが、自由を欲する。僕は酔っぱらうとキャバクラかガールズバーに行くけど、そこには「性」が屏風のように立ちふさがり、こちら側とあちら側に、僕らを引き離すのだった。僕のこれまで経験してきた恋愛は、崖をよじ登るかのごとく果てしなく、ふと気を許すと、崖から転落していることが常だった。
“彼女”たちは、自由に敏感だ。タブーに敏感だ。ウソを嫌い、自己嫌悪に悩む。社会には、女性の力が必要だ。文化には、美しさが必要だ。“彼女”たちは、その両方をどうにかして手に入れたのだ。見てくれの問題じゃない。

人生には、不可能な何かが必要だ。乗りこえられない何かが不可欠だ。


「作家が好きで、この辺りの飲み屋を転々としている」という女性が、店に来た。僕が『俺の艦長』を上梓したことを知ると、彼女は「じゃあ、作家さんだ」と目を輝かせた。「どんなお話を書くんですか?」と聞かれたが、僕には何も自慢するようなものはなかったし、自慢する気にもなれなかった。

彼女によると、「たとえ工場で働いていても、何か世の中に訴えたいことがある人は、みんな作家さん」とのことだった。あくびをかみ殺すように、人はものを書くし、旅をする。彼女は、もう五軒も飲み屋をハシゴしていて、一度店を出て行くと、また戻ってきて、それからまた出て行って、二度と戻らなかった。

勘違いであれ何であれ、情熱的に生きた人間の勝ちだ。

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2013年2月 7日 (木)

■0207■

Febri  Vol.15 16日発売予定
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●渋キャラオヤジ列伝 第八回
今回は『PSYCHO-PASS サイコパス』より、征陸智己です。声が有本欽隆さん、『青の6号』の伊賀艦長なので、第1話から気になっていたオヤジです。

ただ、完結してない作品は、送り手サイドもナーバスになります。征陸さんも「最後はこうなるらしい」と聞いてはいたんだけど、そこまでは書かせてもらえない。
その点、個人の感想ブログは自由なので、のびのび書けていいね、と思う。のびのび書くべきだしね。


『たまこまーけっと』第5話。
前回もそう思ったんだけど、トリが人と人の間を取り持ち、トリモチのごとく接着する役目を果たしている。
森田芳光の『それから』で知ったことだけど、日本の居間って、花瓶が置いてあるでしょ。あれは、大事な話をする2人が、面と向かって気づまりしないよう、視線をそらすために置いてあるらしい。つまり、本当はお互いの目を見るべきなんだけど、同じ花瓶、花を見ながらのほうが話しやすい。
『たまこま』のトリも、同じような存在なんだろうね。

映画は、『それでも恋するバルセロナ』と『ボルベール〈帰郷〉』。ペネロペ・クルス主演の2本。『バニラ・スカイ』から数年、すでに熟女の風格だ。


女子柔道、パワハラ監督が辞任しただけに終わらず、日本オリンピック協会の橋本聖子理事が「内部告発した15人の女子選手の氏名を公開すべき」なんて、セカンド・レイプじみたことを言い出した。
ひでえ女だな、と思っていると、今度は「そんな発言はしてない」。嘘つきって、どんどん言うことが変わるよね。

俺は、だんだん怖くなってきたよ。橋本聖子は、自民党の政審会長だろう。告発された園田隆二は警視庁所属、奥さんの阿武教子も元柔道選手で、警視庁。
少なくとも、柔道界と警察権力はピッタリくっついている。橋本聖子レベルになると、自民党にまで入れてしまう。
僕は今回の件で、柔道に偏見をもった。あまりにやすやすと、権力と結びつきすぎる。場末の警官が、僕のようなひ弱な市民に高圧的でいられるのは、柔道でねじ伏せることが出来るからですよ。

体育会系の大学生は、すぐ集団レイプ事件を起こす。大阪府警も、未成年者を泥酔させて、レイプしたでしょ。「体のでかいヤツ、強いヤツがやりたい放題やっている」、理不尽で許しがたいけど、認めねばならない事実です。
15人の女子選手は、こんな不健康なスポーツ界なんてやめて、いくらでも新しい道を歩き出せると思うけど、国家権力にケンカ売ると、そうそう逃がしてもらえないってことです。

まずは、東京オリンピックを叩きつぶそう。そうしないと、若者がのびのびと生きられる社会は、訪れない。

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2013年2月 4日 (月)

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レンタルで、『バニラ・スカイ』。開幕15分ごろ、ヒロインのペネロペ・クルスが登場してから、がぜん面白くなる。やはり、女優は大事。ペネロ・クルス、初登場時のもこもこしたコート、脚にぴったりフィットしたジーンズ、衣装が素晴らしい。
Pro00021トム・クルーズの部屋に貼ってあるポスターが象徴するように、ペネロペのキュートな仕草や表情は、『突然炎のごとく』が参考にされているようだ。恋愛のイメージは、ボブ・ディランのアルバム・ジャケットから……と、他の視覚メディアからの引用が面白い。

確かに、ペネロペ・クルス(このとき20代後半)のように元気で素直で、ユーモアもファッションもセンス抜群の女性が現れたら、一瞬で恋に落ちてしまうに違いない。
この映画のとき、トム・クルーズは40歳を間近にしていた。破滅するたびに救われ、彼は「夢ではなく、本当の人生を生きたい」と切望する――。その若さが、うらやましい。

僕は、若い頃の甘い恋愛の思い出だけで余生を生きていけると思ったんだが、人生は、そう甘くなかった。この2年間で、身に染みた。
ペネロペ・クルスの出演している『それでも恋するバルセロナ』を借りてきた――。


「戦後史の正体」を読んでいると、どうして日本人が主体性を失って、他人まかせになったのか、よく分かるような気がする。

原爆を二発も落とされたのに、軍部はさらに戦争を継続しようとした。原発が爆発したのに、まだ再稼動させようと懸命な今の政府と、よく似ている。
「電気のため、経済のために原発は絶対必要だろ!」と言いはっている人が、7月に大飯原発が止められる可能性については、口をつぐんでいる。脱原発を叫ぶ人さえ、この事実を直視しない。みな、他人事なのだ。

「戦後史の正体」によれば、日本がアメリカに無条件降伏したとき、米軍は英語を公用語とし、通貨を軍票にするつもりで、見本まで刷ってあった。(この案が通っていたら、僕らは今ごろ、英語で会話していたかも知れない。)
日本の軍事植民地化を避けるために奔走した政治家たちは、小国が大国に隷従する事大主義によって、放逐されていく。
以降、日本には、主体性をもった政治家は、完全に不要となった。大人たちが責任を放棄したのだから、子供たちにも伝播する。「どこかの誰かに責任があるらしい」ことにして、なんとかその場をやりすごすのが賢い、冴えた生き方だと、僕らは学校で叩き込まれて育った。

みな、学級委員や重要な役職から逃げ回った。逃げること、シラを切ることがカッコいいと信じ込んでいた。

だけど、それで人生が満ちたりるはずがないから、僕らは陰で不満を言う。たとえば、インターネットで。周到に、自分の責任だけは回避しながら。


主体性の欠落は、職場だけに限らない。主体的なアニメの感想を言えないから、公式サイトに頼る。「公式な読み解き方」があると信じ込む。

先日も、編集者と話したばかりだ。「公式サイトみたいな文章を書くライターが多いから、チェックする権利者も、公式サイトみたいな書き方を求めざるを得ない」。
下手をすると、「この作品を、あなたの好き勝手に読み解くな」と、権利者は言い出しかねない。そして、僕たちも「触らぬ神に祟りなし」と、唯々諾々と従ってさえいれば、楽に仕事が終わって、楽に儲かるのだろう。降伏調印後の日本の政治家たちのように。

「正しさ」なんかより、勇気を身につけることが先決だ。

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2013年2月 2日 (土)

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昨日、コトブキヤ秋葉原館へ、『ガンヘッド』展(「ガンヘッドパーフェクション」発売記念イベント)を見に行きました。
Cagssebq展示されていたガンヘッドとメリーアンは、2007年のDVD発売記念イベント時のものと同一かな? 背面・側面から見ると、コトブキヤのプラモデルがディテールの位置と形状を把握したうえで、「1/35スケール」として最適の密度に再解釈しているのが、よく分かるよ。プラモデルを組んでから見ると、なおさら良いはず。

会場には、当時の台本や絵コンテ、「俺の艦長」(アキバBlogさん、ありがとう!→)の表紙を描いていただいた麻宮騎亜先生のコミカライズや、ニムのポスターまで……。
いずれの資料も「ガンヘッドパーフェクション」に掲載されてはいますが、大きいので見ごたえがあります。明日3日(日)まで開催中。

あと、プラモ作例も沢山。プロの方がキチッと塗りこむと、精密感が増しますね。自作のプラモデル作品を持ち込むと、優先的にトークショーを見られたそうですが、僕のガンヘッドは、こんな姿になっています。→
誉められたためしがないので、とても持ち込む勇気はない(笑)。


秋葉原でプラモ関係の店をのぞいてから、都内某所(やはり『ガンヘッド』関連)へ移動。
手元にあった水曜ロードショー版の『ガンヘッド』を録画したVHSをお貸ししたのだが、「あのVHSテープは、デジタル化して残しておいたほうがいいですよ」と言われた。
「だって、テレビの『ガンヘッド』なんて、他にも録ってる人いるでしょう?」と返すと、「同じテープに入っていた『帝国の逆襲』は、塩沢兼人版ですよ!」
すっかり忘れていたが、『ガンヘッド』と同じ頃にテレビ放映された『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』が、ルーク役=塩沢兼人、ハン・ソロ役=山寺宏一というレア・トラックらしい。珍しいので、デジタル化して保管しておくべき、と。

こういう話は楽しいので、ついつい長居してしまう。


話題にするだけでヘドが出そうだが、柔道全日本女子代表の監督が、選手たち15人の告発で辞任した。告発内容は、度をこした暴言や暴力。
で、この元監督は、警視庁所属の巡査部長なんです。現職の警官。ようするに、そういうこと。権力とスポーツと暴力は、仲良し三兄弟。警官は、「ちょっと気に食わねえな」と思ったら、どこの誰でも呼び止められる。(実例→) 卑しい、汚らしい仕事。若い女性を罵倒し、殴打し、怪我でも試合に出すような腐ったオッサンなら、警官は十分に務まるわけ。病んだ社会だよね。

「男らしさ」なんて、しょせんはそういう性質のものです。いかに体力があろうと、つらい稽古に耐えようとも、自分より若い女性を殴って怒鳴って偉くなれる、そういう世界です。
上下関係とかさ。先輩後輩とかさ。「オッサンを一番偉くするための仕組み」だよね。人間の中で、いちばん役に立たないのが、歳とったオスなんだよ。それを悟られたくないから、学校や社会に男尊女卑の上下関係を組み込んで、汚らしいオヤジが最強でいられるシステムをつくったのさ。
まして、柔道の監督が警官なんだよ? 俺たちの税金で食ってるんだから、税金なんて払う気なくすよね? このオッサン、俺たちの税金で何歳まで暮らすんだろうな?

AKB48で、女の子が坊主になってまで「AKBに残りたい」って泣いてたけど、街に出ればいいじゃん。東京じゃなくたって、駅前で歌っている女の子は、いっぱい見たよ。夜中、仲間と一緒にダンスしている若者なんて、日本中にいるだろ。組織ではなく、自分を生かそうよ。
スポーツは苦手で、体育の教師にも嫌われていた俺だけど、草野球がいちばん面白いんじゃないの? 組織のためにやるから、辛くなるんじゃないの?

若い人は、自分がどれだけ自由であるか、確かめてみてほしい。觔斗雲に乗った孫悟空みたいにさ。オッサンなんかに頭さげなくても、ちゃんと生きていけるから。

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