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2013年1月17日 (木)

■0117■

『たまこまーけっと』第2話が、さり気なくスゴイように思った。
Untitled最初は、この『ストップ!! ひばりくん!』みたいな子が、中性っぽくて良いなあ……ぐらいに思っていたんだけど、このみどりって子は、主人公のたまこのことが、好きなのね。だけど、ストーリー的には、バレンタインに乗じて商店街のCMをつくる群像劇がメイン。みどりの秘めたる恋は、傍系的葛藤というヤツです。ところが、傍系的葛藤がメインになっていく。裏技もいいとこでしょう、これ。
(OPで、たまこと目が合ってドキッとするカットは、こういう意味だったのか……。)

商店街のCM話がメインに見えて、みどりの恋が隠れて見えるのは、彼女が誰かに「好き」と言うでもなく、チョコレートを作るとか渡すとかいうアクションを、すべて別のキャラに振ってしまっているから。みどり本人は、何もしない。
「胸が苦しいのであろう」、「誰にも、名前のつけられない気持ちがある」、「誰が誰を好きになってもいいんだよ」……これらはすべて、他人のセリフであって、みどりは聞いているだけだからね。周囲のセリフがスポットライトになって、みどりの気持ちを照らし出す――。だからまず、脚本が上手い。


「揺れる想い」を表現するのに、文字通り「瞳の中のハイライトを揺らす」とか、「頬にタッチを入れる」ぐらいしか出来ないのが、アニメ絵というかキャラ絵のリアリティの限界であって。
だから、セリフを他のキャラに言わせるという文学的工夫が生じたり、顔のアップだけに頼らない絵づくりが必要になる。限界があるからこそ、日本のアニメは、世界でも類を見ない独創的な表現に進化していった。

喫茶店で、自分の切ない胸のうちを見透かされたみどり。そのシーンの最後で、喫茶店のマスターがレコードをかけるでしょ。(みどりは、ちょっと姿勢を楽にして、コーヒーを飲む。右にいるトリが微動だにしないのが上手い。つまり、「止まっている」キャラを横に置けば、ささいな仕草であっても、「動いている」キャラが強調される。)

レコードの曲をバックに、商店街で撮影をつづけているたまこたちの絵が入る。(4カット目で、何かをジッと考えこむ親父の絵が入って、それがラストへ繋がるのが、また上手い。視点に広がりがある。)
本当は、その商店街での撮影が「表」のストーリーだったのに、もはや、みどりの恋という「裏」のストーリーが前面に出てきている。ちょっとずつ、じわじわと、丁寧に、表裏が入れ替わっていく。
そのシーンのラスト(まだ曲は流れている)、夕闇に近い商店街の外れ、歩道の上を歩いていくみどり。足元、後ろ姿、横顔。晴れ晴れとした表情のみどりの顔からピントが外れ、カメラは空をあおぐ。星空まで一気にPANする、気持ちいいカメラワーク。
――ここまで、みどりが「ふっ切れたらしい」描写を重ねておけば、次に出てくるときに、ベッドで雑誌を読んでいても、なんら不自然ではない。絵の流れとして。

だから、セリフと構成だけでは、語りきれないんだよ。然るべき絵、然るべきカメラワークこそが、映像作品を完成させるのであって。


『たまこまーけっと』の直後、市川実日子主演の『レンタネコ』を見たんだけど、しまったな。これ、『かもめ食堂』『めがね』の監督が撮ったんだ……。

この監督の映画は、「人間なんて、しょせんは二種類しかいない」と言っているようで、むしろ殺伐とした気分にさせられるんだよな。


「俺の艦長」()の作業は、すべて終了。ただし、発売は31日に延期(早い地域では、もうF ちょっと早く書店に並ぶのではないか?とのこと)。

ユーロスペースの『おだやかな日常』、明日までなのだが、何とか見に行けそう。ひとりで映画館に行くのは、ひさしぶりだ。

(C)京都アニメーション/うさぎ山商店街

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