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2012年12月20日 (木)

■1220■

3年ぶりに、ジブリ美術館へ。
Ca9usd4s最初に訪れたのは、角川書店「千尋と不思議の町」の取材で、オープン前の壁はピカピカだった。今は、いい感じに薄汚れてきている。

まずは、短編アニメ『ちゅうずもう』(監督:山下明彦)が良かった。
正直、これまで見てきたジブリ美術館の短編は、どれも長すぎてイマイチだった。『ちゅうずもう』は語りすぎず、でも必要な描写は濃厚で、バランス感覚が素晴らしい。相撲中継のアングルを、うまいこと拝借している俗っぽさも、好感が持てた。

だけど、作画の良さが強く出ている作品を見れば見るほど、職人だけがつくれる伝統芸だなあ……と感じてしまう。


企画展示「挿絵が僕らにくれたもの」、これも良かった。やはりジブリ作品そのものをテーマにするより、周辺や奥底にあるものを取り上げたほうが意義深い。
とはいえ、「一般の人に、アニメーションの構造を理解させる」という意味では、この美術館には、限界を感じている。塗り分け途中のセルを展示してあるので、「絵の具を手で塗ってるのか」と誤解する人が大半だろうと思う。撮影台が置いてあると、いまだにフィルムで撮っているのかと勘違いされかねない。
「デジタル制作アニメの最前線」展でもやれば、バランスがとれるかも知れない。

とにかく、普通の人は「工程」に興味をもってくれない。
完成したフィルムは喜んで見るのに、つくられた過程が説明してある部分は、スルーする。自分から掘り下げず、知ろうともせず、黙って座っていれば、綺麗なご馳走が運ばれてくると思っている。
テレビの見すぎなのだろう。


「年間を通して、30億円超えのアニメが5本となるのは2010年に次ぐが、スタジオジブリの作品がない年に、5本も登場したのは、ここ10年では今年のみ。」(【大高宏雄の興行戦線異状なし Vol.109】
興行サイドからすれば、「何だ、ジブリなくても大丈夫じゃん!」という時代がやってきた。健全なことだと思う。

アニメから、性的な思春期的な要素、メカヲタ的な要素を無くしたら、かなり気味の悪いものになる。「お前、こんなの見てんの?」「お前ら、犯罪者予備軍だな」「社会不適応者だな」と、どこかで後ろ指さされつづけるから、存在意義がある。
その一方で、「いやいや、やはり萌えなど脱却して、一般の人に見てもらえる作品を目指すべきだ」と綱引きするから、雑多なエネルギーが生じるのだと思う。


『中二病でも恋がしたい!』が終わった。
与えられた現実と、与えられた肉体を、どう刷り合わせたら傷つかずに生きられるのか? 生まれてくる時代は選べないし、いま与えられた状況の中で、何とかするしかないんだよね。日本に生まれたら、とりあえずは日本語を喋るしかない。普遍的な高校生像も、普遍的なオッサン像もなくて、いま信じている価値観なんて、半分以上は時代によって、力づくで決定されているわけであって。

時代に飼いならされるのではなく、いかにして抗うか。「世界を革命する力」は、常に必要なのだ。

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