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2012年11月 2日 (金)

■1102■

「アニメスタイル 002号」、通産10冊目を送っていただいた。
Camz4g5d_2編集後記にあった「アニメのビジュアルを変えようという動き」、この言葉に合点がいった。『009』のようなセルルックのフル3Dアニメが増えれば、手描きアニメは、より一層、存在感を増していくと思う。

『伏 鉄砲娘の捕物帳』は、作画の癖など気にせず、素直にストーリーを楽しんでいる人(主に女性客)が多い。
しかし、脚本の完成度が高ければ高いほど、絵であることの必然性が問われていく。すべてを拾うことは出来ない。何を捨て、何を残したのか。いつも、それが気になる。


野田総理の答弁によると、福島第一原発4号機の使用済み核燃料プールからの燃料取り出しは、なんと2年後の2014年末。作業には、さらに2年を要し、2016年末に完了するらしい。(4号機の、何がどう危険かは、検索して調べてほしい)
福島第一の廃炉そのものは、新技術を開発しても、最低40年かかると言われている。もし生きていたら、僕は85歳だ。

原発事故直後、これといった根拠もなく「事故から一年後の期間が、いちばん良かったと思える日々が来るのではないか?」と感じていた。
いや、一年間どころか、事故直後の一週間の緊張感だけが、日々いっそう鮮烈になっていく。ネットから得られる情報は錯綜していたが、すこし歩いて吉祥寺の街へ出ると、人々は不安を隠し、無理やりにでも笑顔をつくろうとしていた。あの肌をさすような空気は、すっかり温くなってしまった。
少しずつ、時計の針が元へもどっていく。

「東京は、たいして汚染されていない」と関西の人から言われ、ずいぶんくやしい思いをさせられた。今では、瓦礫焼却が検討されている大阪が、反対運動の炎が最も苛烈だ。「大阪を、東京のような汚染地帯にしてはならない」という人まで、現われている。
これもまた根拠薄弱なのだが、どんどん人口が流出して、震災の翌朝のように電車すら走っていない静寂の東京が、いずれ、いまの生ぬるい日常にとってかわる予感がしている。
電車の止まった三鷹駅前を、よろよろ歩く年老いた自分の姿さえ、想像できてしまう。

楽観とあきらめは、とてもよく似ている。注意せねばならない。


編集者から、ちょっと変わった相談を受けた。山下敦弘監督の深夜ドラマ『エアーズロック』などを例に出して、僕は語った。
情熱ある若者が挫折しても、「まだ大丈夫だ」とささやいてあげたい。しかし、情熱ある若者に出会ったことがない。祝福すべき相手がいない。これは、孤独である。

数多くの企画が頓挫する場に、僕は居合わせた。
夢と同量の挫折があることを、僕は知っている。何かが行きづまるからには、必ず理由がある。その原因をとり除けば、企画は前へ進むのか? いや、関わった人間のダメージを軽減するだけてあって、企画を成就させるには、もっとプラスの力が必要だ。北風を止めることはできるが、太陽を照らしてやることまでは、僕には出来ない。

娯楽の敵は、虚無である。誰かひとりがあきらめさえしなければ、可能性は留保される。
可能性のともし火を、走者から走者へと、手渡していくほかない。誰かが足を鳴らしていさえすれば、音楽は止まない。動から動へと流れる奔流を、心ある者たちが支えていくしかない。

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