■0913■
輪廻のラグランジェ season2 21日発売予定
●ブックレット作成
今シーズンからは、「Lagrange Log」と題して、絵コンテ分析やインタビューを中心にまとめています。次巻からは、原画も載ります。
テンプレっぽい構成かも知れないけど、作品の値打ちを丁寧に伝えるのが、一番の良心と信じる。
ただ、ほとんどすべてのアニメが「キャラ」寄りで消費される中、「作劇」にフォーカスを合わせることが、今のファンにとって幸福なのかどうか、考えてしまう。「キャラではなく、物語を見よ!」と言ったところで、いったい誰が救われるのだろう?
物語がなくても、ひょっとして映像がなくても、「キャラ」は成立できてしまう。むしろ、文脈を積極的に排除した場所にこそ、「キャラ」という商材は、うってつけに思える。
「お話は分からないけど、このキャラは好き」という人を、「読解力がない」とバカにできるのだろうか? 誰をいくらバカにしたって、先へは進めない。
今夜で『夏雪ランデブー』が終わるが、「物語は、少女漫画の中になら残っている」とは、若い編集者の言葉。かつて、男が少女漫画を読むには、勇気と理論武装が必要だった。
アニメや漫画を擁護する人たちは、ある時期、インテリばかりだった気がする。みんな、誇りをもっていた。
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レンタルで『クラッシュ』。クローネンバーグの変態映画じゃなくて、アメリカの人種問題を扱った群像劇。白人絶対優位の街で、さまざまな立場の黒人たちが、それぞれに不愉快な思いをしている。しかし、彼らのひとりは中国人を差別しており、うっかり車で轢いてしまっても「とんだ迷惑だ」程度にしか考えていない。
ペルシャ人とメキシコ人は、互いが不当に差別されているのではないかと、疑心暗鬼になり……。複雑に絡み合う「負け組同士の共食い」構造は、気に入らない者たちを十羽ひとからげに「在日」「四流大学出」と切り捨てる今の日本と、決して無縁ではない。
差別するものは、必ずどこかで差別されている(と思い込んでいる)。
マット・ディロン演じるレイシストの悪徳警官が、かつてレイプ同然のセクハラをした黒人女性を、命がけで救助するくだりは「白人専用の性善説」(ハリウッド映画によくあるよね)を起用していて、鼻白む。
だが、マット・ディロンの差別主義に嫌気がさして、彼とのチームを解消する白人警官の末路は、かなり複雑だ。
ひとりでパトロールするようになった彼は、自暴自棄になった黒人(実はセクハラされた女性の夫)を逃がす。その後も、自動車強盗をしていた黒人の若者を、それと知らずに車に乗せ、ホッケーの試合会場まで送ってやろうとする。だが、黒人の彼のポケットからは拳銃が見えている……少しずつ会話がズレはじめ、カッとなった白人警官は、反射的に黒人を射殺してしまう。
その後、白人警官は自分の車に火を放って、いずこかへ消える。まるで、「最底辺の椅子とりゲーム」を見せられたかのような、後味の悪さ。
現実が怖くて直視できない人は、いろんな国の、いろんな映画を見てみよう。気分転換ぐらいには、なるかも知れない。
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ここ数日のアクセス解析を見ていたら、東京都が「大兼文喜 産地偽装」で検索してきたり、農林水産省が「米 産地偽装 告訴」で検索してきている。ちょっと、意味が分からねえ。
お前らが産地偽装業者を処分しないから、素人の俺が告発するより仕方なかったというだけの話だよ。特に、農林水産省とはメールをやりとりした仲だが、汚染食材をバラまく以外に、何か仕事してるのか?
大変不愉快なので、明日は女性と『おおかみこどもの雨と雪』を見に行ってくる。(相手はキャバ嬢ではありません) 試写会ふくめて三回目、明日でラストとしたい。
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