■0712■
『キングダム・オブ・ヘブン』、194分がアッという間。
予備校に通っていたころ、講師から「モチーフを描くんじゃない、モチーフを使って空間を描くんだ」と言われた。
この映画で、とりわけ意識させられるのが、風の存在だ。静かに降る粉雪、戦いとともに舞い上がる土煙、かすかな炎のゆらめき――それらのモチーフがある方向、あらゆる方向へ運動することで、風の強さ・弱さが伝わる。
扉から差し込む強い光が、暗い室内にグラデーションをつくり出し、初めてそこに“光景”が出現する。光は、ただ光であることをやめ、“光景”の一要素となる。
あらゆるノイズが調和して、世界を育む陶酔の194分。
「この生々しい感覚、どっかで味わったよな」と思ったら、『おおかみこどもの雨と雪』であった。このアニメは、別の表現領域へ踏みこんでしまっている。
「実写に近づいた=リアルだ」とか、そんな単純な問題ではない。「撮る」というのは、意外に不自由なことであって、先ほど例にあげたように「モチーフ」を見るのではなく「モチーフを使って描かれたもの」を、見極めなければいけない。
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今年4月に、福島県産きゅうりを「山形県産」「岩手県産」と偽装して販売した悪徳業者、株式会社大兼文喜。(こちらのサイトが非常に詳しい。→■)
私は、不正競争防止法の適用を東京地検に求め、5月30日、同社を刑事告発しました。
その後、大兼文喜は東京都中央卸売市場条例にもとづき、6月12日より、一ヶ月の業務
停止。本日より業務再開なので、様子を見に行ってきました。
場所は、北足立市場内。13時ごろに着いたので、青果棟の内部は、閑散としていました。
大兼文喜も店じまいしていましたが、裏側の搬入口は空いていたし、「大兼文喜」と社名の入ったフォークリフトも数台。午前中は、営業していたのでしょう。
先ほどのリンク先を見ていただければ分かるように、取引先には病院も含まれています。
この事件を知った足立区在住の友人は、あわてて学校に「大兼文喜の食材を給食に使っていないか?」と、問い合わせたそうです。
幸い、 給食には使われていなかったそうですが、「病人に福島産きゅうりを食わせるのは、ぜんぜんオッケー」なわけですよ、大兼文喜は。
福島県の野菜が危険であるかどうか以前に、「福島産と表示したら売れないだろう」という自己中心的かつ薄っぺらな発想、自らは努力せずにエゴだけ押しとおそうとする醜悪さ、とても看過できません。
なので、私は刑事告発もします。こうして、相手のところへ足も運びます。
自らの職を汚した業者どもは、覚悟しておきなさい。しつこいよ、僕は。
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大兼文喜や、他の産地偽装業者、放射能検査を怠って子どもに汚染食材を食べさせた自治体、給食利権を手放せない学校、教師……でも、彼らだけじゃないですよ。
僕はこの前、「読者をだましてでも、金をせしめたい」と豪語した編集者のことを書きました(■)。
「仕事=金儲け」、「濡れ手で粟」が常態化している。
僕が本を書いて、ギャラをいただけるのは、何はともあれ、まずは読者さんに奉仕しているからですよ。「まあまあ面白い」「そこそこ暇つぶしになった」、そう思ってもらうために書いてるんでしょ。本を書くのは、自己表現でも自己実現でもないですよ。「面白い本をつくって、ちょっとは世の中を明るくしたい」、だからでしょ?
その対価として、謝礼としてギャラをいただけるわけですよ。そこをクソ業者ども、順番をとり違えている。「ユーザーが損してでも、まずは金」。逆なんだよ、ボケどもが。「まずはユーザーさんが得をして、金をもらえるのは、一番最後」。
どんな仕事だって、そうだよ。「顔も知らぬ誰かに、プラスになること=仕事」です。
「俺や、俺のクライアントが儲かること」が仕事ではない。そこを決して忘れてはいけない。誰かひとりが「とにかくカネだ」と走り出すと、世の中ぜんぶが不幸になるんだ。お前が楽したぶん、どこかで誰かが泣いてるんだよ。
負の連鎖を断ち切ろう。そのためには、皆が誠実に仕事をする、社会を明るくすることだ。
ふだんから本を読み、たくさん映画を見て、心を豊かにしよう。その豊かな心を、あなたのエゴのために消費するのではなく、どこかの誰かにつながっている仕事に生かしてほしいのです。
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コメント
>「モチーフ」を見るのではなく「モチーフを使って描かれたもの」を、見極めなければいけない。
それって、作者の感性でキャッチした「リアル」が存在しないと描けないってことかな。基本的に表面的なリアルを追求したものに興味が無い私
(その使い方によっては意味を成す)
その「モチーフを使って描かれたもの」に触れた一般人は、言葉にできない感動を覚えたり時には混乱してしまうようです。
ますます『おおかみこどもの雨と雪』楽しみになってきたわ
投稿: ごんちゃん | 2012年7月12日 (木) 22時12分
■ごんちゃん様
テレビは「ここだけを見るように」と誘導するけど、映画は「見えないものを表現するため、仕方なく手元にあるものを撮っている」場合がある。
それに気がつかないと、(何に対しても)即物的なものの見方が、身についてしまうと思う。
>基本的に表面的なリアルを追求したものに興味が無い私
表面しか見ようとしない人が多いので、非常に危機感をおぼえる。
投稿: 廣田恵介 | 2012年7月12日 (木) 22時49分