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2012年6月11日 (月)

■0611■

ゆえあって、『機動戦士ガンダムUC』EP1~3までを見直す。
Imagescal7xp38いつもはメカシーン中心に見てしまうけど、なかなかどうして、ドラマがどんどん面白くなっていく。すごくいい芝居も、随所にある。

オードリーに、バナージが「やるべきことよりも、やりたいことを大事にしてほしい」という意味のことを言うけど、そりゃあ、逆だろう。
アニメは青年のメディアだし、若いうちは「やりたいこと最優先」でもいいのかも知れないが、オードリーの立場を理解しているとは、とても言えないよね。

その分、マリーダの言っていることが効くんだ。
「この世界には、改善の余地があると思わせてくれる何か」が必要だとかさ。「自分が、すでに状況の一部となっている、ということだけは覚えておけ」とかさ。自ら、行動している者だけが言えるセリフだよね。
このシーンでバナージがハッとして、「俺、青くさいこと言っちゃったなあ」と反省しているかと思いきや、地球へ向かおうとするオードリーに「それは君がやりたいことなのか?」 って、まだ言ってるのかよ!

さすがのオードリーも苦笑して、「バナージ向けの答え」をしていたように見えたのは、気のせいかな。
で、夕食に招いたり、いろいろ勉強させてくれたマリーダに「この分からず屋!」みたいなこと言って、ボコボコにしちゃうところも……まあ、バナージへのツッコミふくめて、楽しむべきですかね。


メカ的には、EP3のアバンタイトル、ハイパーメガ粒子砲をパラオに向けたネェル・アーガマ……の照準線に沿って、ずーっとカメラが移動していくと、たった一機、飛行形態のリゼルがいる! ここが、鳥肌がたつほどカッコいい。偵察機というか斥候というか、巨大な砲の軸線上に、華奢な可変機が、一機だけいる。“戦術”を感じますよね。
さらに、リゼルを追いこしてカメラが進むと、うっすらとパラオが見えてくる――この広大な“戦場”を見渡すために、一機のリゼルが必要なわけです。

ネェル・アーガマがCG、リゼルが作画、というのも心地よいアクセントになっていた。シンメトリの構図のカットに、タイトルをかぶせるセンス、いいよね。


くるりの公式サイト、「逆に、軽はずみな脱原発デモには、参加できない。」→
軽はずみに、決まってるじゃない。311が起きて、急に気がついた人が、圧倒的多数なんだから。
ぜんぜん論理的でもないし、感情に走ってるのは、こちとら分かりきってるの。ガイガーカウンター片手に周章狼狽し、あわてて徒党を組みはじめたのが、僕らだ。笑ってくれて、かまわない。

「こんなデモで、何が変わるんだ」って、歩きながら思った人も、いっぱいいると思うよ。過程であって、目標ではないし、皆が同じ気持ちではないし。沿道から、うさんくさい目で見られる程度のリスクしかないしね。リスクが少ないから、過度な効果も期待できない。
それでも、ジッとしている自分を、憎いと思う瞬間がある。

それと、さっきのバナージくんの話じゃないけど、若くて軽はずみなバカがいなくては、変わらないこともある……。
僕は、かつて望んだような、きれいな死に方はできないと思っている。死に場所を探している。まだまだ、これから生きる人たちの役に立つ死に方はないか、考えている。
「住みやすい世の中になって、よかったね」とは思えずに死ぬんだろうから、何か焦っているとしたら、そっちです。


僕の年上の友人は、「自分が死んだら、映画『ソイレントグリーン』のように、これから生きる人に食べてほしい」と言っている。
あの映画には、自転車をこいで発電機を動かすシーンがあった。自分で使う電気は、自力でつくる。いま思うと、示唆に富んだシーンだ。

(C)創通・サンライズ

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