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2012年5月14日 (月)

■0514■

『GALACTICA/ギャラクティカ』シーズン2の名エピソード『ブラックバード』の原題であり、元アイデアになったという『フライト・オブ・フェニックス』を見た。
003ただ、レンタルしてきたのはリメイク版のほうなので、オリジナルの1965年版を見るべきだったのかな。

砂漠の真ん中に墜落した輸送機。生き残りの中に、たまたま航空エンジニアの青年が乗っており、彼は輸送機の残骸から「新しい飛行機をつくろう」と提案する。
……プロットとしては『ブラックバード』よりも、シーズン1で、遭難したスターバックが、サイロン機を改造して脱出するエピソードに似ている。

『フライト・オブ~』では、飛行機の設計と改造を指揮する、屈折したエンジニアが面白かった。「みんなの役に立ちたい」と「みんなを支配したい」を混同して、その気持ちを自分でも制御しきれない――マニアックな、オタク趣味のある人なら、誰でも覚えがあるんじゃないかな。
知識や才能に酔って、つい傲慢にふるまってしまう。

だけど、それは欠点とは言い切れないよ。人間の宿業だと思うよ。
そして、欠点のある人間を「救う」ことが、大衆映画の使命でもあるんだよ。彼が傲慢になったせいで、みんなから報復されるような展開だったら、そんな映画はつくる意味がない。
最後には、どうにかして、彼を「ちゃんとさせる」必要があるんだよ。


このエンジニアが、シーンごと、どこに立っているかに注目すると、彼の価値観が分かる。

たとえば、主翼同士を接合するとき、クレーンが切れて、アジア人の料理人がピンチに陥る。
結局、この作業は成功し、アジア人も助かる。みんなが彼の無事を喜んでいる……と、カメラがティルト・アップすると、エンジニアは翼の上にいて、接合部をチェックしている。
ほかにも、ひとりで数をかぞえながら両手を広げて砂漠を歩き、立ち止まってメモをとっていたり。
どのカットでも、みんなと同じ行為をしていない。ひとりで、別のことをしている。僕にも、そういう孤独癖、孤高を気どる悪癖があるから、分かるんだよ。

そしてなあ……ひねくれた彼が、皆と一緒にがんばるシーンを見て、こっそり自分の心を修復するんだよ。映画ってのは、そのためにある。


パチンコ屋の前、70歳半ばぐらいのジジイが、タバコの吸い殻を地面に投げすてた。
すると、ホウキとチリトリを持ったパチンコ屋の女の子がタタタッと駆けてきて、さっさと吸い殻を片づけてしまった。
その女の子の給料なり、バイト代なり、いくらぐらいだろうか。きっと、ジジイのもらってる年金のほうが高いんじゃないかな?

ともあれ、それが今の日本の縮図さ。ジジイが汚し、若者が後片づけ。それが今、日本で行われていること。
おおい町の町議会が、大飯原発再稼動にGOサインを出したけど()、観光だの特産品だの言っといて、結局は原発労働者でなりたっている旅館や食堂、干上がってるからでしょ。町長の息子の原発関連会社を、儲けさせたいからでしょ。
僕は「関西の夏の電力は大丈夫かな」って心にひっかかるけど、少なくとも大飯原発の再稼動は、原発立地の利益のためであって、関西圏の電力供給とは関係がない。

爆発したら危険とか、爆発しなくても危険以前に、一方的に誰かが得をして誰かがリスクを負いつづける社会を、もうやめないといかんでしょ。
今の日本は、老い先短いジジィが道にゴミを捨て、未来ある若者が拾って片づける社会。せめて、「自分の出したゴミは自分で片づけてから死ね」ってことだよ。


昨日は母の日だったので、カーネーション買ってきた。
Cao35brz_4……これでも、きれいな色を選んだつもりなんだ。去年は、真っ赤な血の色のカーネーションを買ってしまい、悪夢にうなされたものだった。

肉親を殺されて、「よかった」ことなんて、ひとつもないですよ。
東京新聞の投書欄に「死刑廃止」とかいう投書が載っていて、「加害者が更生したら、被害者遺族にとっても嬉しいはず」などと、聖母マリア様のような、心清らかなありがたいご意見が掲載されていたけど、んなわけあるかよ。
典型的な「頭だけで考えた意見」だね。血まみれの犯行現場を見てから言ってくれよ。

日曜日の花屋は、どこも景気よかったよ。三鷹みたいな小さな町でも。
でも俺は、なじみの小さな花屋で買うことにしたよ。「いつも、ありがとうございます」って言ってくれた。いつも、200円前後の花しか買ってないのに。
マッサージ屋のおじさんが外に出て、のびをしていた。恥ずかしそうに、「どうも」って挨拶してくれた。

家族のいない僕には嬉しいことだけど、俺は……幸せではない。
砂漠の真ん中で、みんなを乗せられる飛行機をつくって、それから死にたい。

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コメント

廣田様

>『フライト・オブ・フェニックス』

これは『ギャラクティカ』ファンとしては見逃せないですね。
航空エンジニアの青年は・・・チーフにも要素は入ってますか?

>こっそり自分の心を修復するんだよ。

映画やアニメを見ていると、ヒヤっとすることありますね。「これ、俺じゃん!?」って、自分の嫌いな部分をよく見つけますよ、僕も。
ある意味、自分探しの旅をしているようなもんです。死ぬほど恥ずかしくなる時もありますが、飲み下すと、一歩前進するような気がします。

>おおい町の町議会が、大飯原発再稼動にGOサインを出したけど

やってくれましたよ。
町長の息子が原発関連の会社を経営しており、それを潤わすため・・・などという話まで。

http://mainichi.jp/select/news/20120406k0000e040206000c.html

僕はコイツらの糞の始末をしなければならないのですね。
イヤ、僕が嫌な思いをしても、それでキレイになるなら我慢も出来ますがね。
なりそうもないから、腹が立つわけで。

投稿: かまた | 2012年5月14日 (月) 23時57分

■かまた様
>チーフにも要素は入ってますか?

チーフの「何か生きる目的が欲しい」要素は、別の登場人物が担っていて、ピリッと効いてますよ。

>死ぬほど恥ずかしくなる時もありますが、飲み下すと、一歩前進するような気がします。

そうですね、飲み下せなかった人が「キーッ!」と怒っちゃったりするんでしょうね。
あとは、作り手をコキ下ろしたりね。「よほど心当たりがあるんだな~」と思ってしまいますね。

>町長の息子が原発関連の会社を経営しており

ああ、ちゃんと毎日の記事になっていましたか。
結局、こうして原発立地は「閉じた市場」を自らつくって、どんどん孤立していく。利害のない開かれた場所で、正々堂々と戦って仕事を勝ち取ればいいのに、それをしないジジイたち。

原発立地には、立地なりの生活があろうと思いつつも、「やはり許せん」と思ってしまうのは、こういう電力会社との必要以上のズブズブの関係、カネ=幸福という貧しすぎる価値観を知ってしまったときです。

たとえ原発が絶対安全でも、不健全だし、駆逐すべき悪習だと思いますね。

投稿: 廣田恵介 | 2012年5月15日 (火) 00時20分

原発絡みで多数決を採るならば。その一挙手の重さには
これから生まれてくる世代の分も含まれなくてはいけません。
だから今生きている人たちだけで多数決を採るのは間違っていると思います。
東日本大震災や福島の原発事故で教訓を得たからこそ、
それをネクストステージへ行くための糧にしなくてはならないのに…
むろん再稼働が手っ取り早いのはわかりますが、そういうことで人は進歩しないのですね。
首相が、知事が、市や町長が「次ぎに行く」ための(たとえ困難でも、よりベターなほうへ)イニシアチブを
もっと強く打ち出すべきなのに、目の前の、(今生きている)自分たちのことで精一杯なのですね。

自分は「原発の安全」とは、たとえ原発直下の地面が割れて、
そこからマグマが吹き出し建物を飲み込んでも、
「安全に冷温停止する」が条件だと思うくらい何かあったら人の手に負えないものは、
もっと厳しく安全寄りに図るべきと考えるのですが、
(つまり地震大国の日本では原発はムリと思う)
よしんば再稼働の決議をするならば、「今後5年や10年くらいかけて最終的に原発は全廃する」方向への道筋や決め事をしてからの再稼働であるならば、まだ理解しないでもないんですが…

コアラがユーカリの葉を食べ尽くしてしまったら
そこには「絶滅」しか待っていません。

投稿: solao | 2012年5月15日 (火) 16時42分

■solao様
コメント、どうもありがとうございます。

>だから今生きている人たちだけで多数決を採るのは間違っていると思います。

その通りだと思います。百年後、千年後のことまで考えて決断しないといけません。
食品業者だって、「明日の在庫」を売りたくて産地擬装しているのでしょうが、汚染は数十年はつづきます。彼らは、「汚染地帯の食材は擬装して売れ」と子孫に教えるつもりなのでしょうか?

>目の前の、(今生きている)自分たちのことで精一杯なのですね。

僕は、原発立地の苦しそうな旅館や飲食店の様子をテレビで見て、「一時的な再稼動はやむを得ないかなあ」と思ったりもしました。
だけど、「食えない」「仕事ない」のは、原発立地の人たちだけではなく、若くて仕事ない人は、都会にだっていますよね。

>自分は「原発の安全」とは、たとえ原発直下の地面が割れて、
>そこからマグマが吹き出し建物を飲み込んでも、

僕も、よく同じような想像をします(笑)。
地球が粉々になっても、圧力容器だけ宇宙にプカプカ浮いているぐらい頑丈なら、「安全」と言えるよねって。

ただ、科学が敗北したわけではないので、何千年か後には、放射能を無効化するような発明が生まれているかも知れません。
……いや、それでも、原発は割に合わないですね。原発が社会に組み入れられた構造が、あまりにイビツすぎますもんね。人心をむしばんでいますから。

投稿: 廣田恵介 | 2012年5月15日 (火) 17時27分

>オリジナルの1965年版
私はこちらしか視たことないです。それもテレビで。
かなり昔のことなので、細かいところは曖昧なんですが、記憶に残っているのはエンジニアが「実は航空機のエンジニアではなくて」という部分ですね。彼が「人が操縦する航空機よりも難しいことをやってたから。」というところ。
他の人たちは、結局飛行機を作り続けることにするのですが。
人間に対する信頼なんでしょうか、アメリカ映画ですよ。
今調べたら監督がロバート・アルドリッジでした。納得。

投稿: DH98 | 2012年5月15日 (火) 18時29分

■DH98様
テレビでやっていたのですか。確かにWikipediaを見ると、吹き替えキャストが出てますね。

>記憶に残っているのはエンジニアが「実は航空機のエンジニアではなくて」という部分ですね。

そこは、ひょっとしたら2004年版では変わっているかも知れません。
かなり陰気で、「このまま終わったらイヤだな」と思わせられる感じです。飛行機が飛ぶかどうかより、そこにヒヤヒヤさせられました。

>今調べたら監督がロバート・アルドリッジでした。納得。

『ロンゲスト・ヤード』ですね。

投稿: 廣田恵介 | 2012年5月15日 (火) 19時14分

言葉足らずのところがあったので少し追記させてください。
>実は航空機のエンジニアではなくて
この部分なんですが、人が乗って操縦する飛行機の設計者ではなく模型飛行機の設計者ということです。
これが他の人に分かってしまい非難され「おもちゃの設計者か!」「本当に飛ぶのかよ!?」になってしまうのです。
個人的にこの部分がこの映画で一番重要なところだと思っています。

投稿: DH98 | 2012年5月15日 (火) 20時27分

■DH98様
だとしたら、同じですね。

……ただ、「本物の飛行機とまったく同じ理屈で飛ぶ模型飛行機」というニュアンスは、1965年ごろ(私の生まれるちょっと前)だと、もっと牧歌的な感じだったのかも知れません。

2004年版は、けっこうダークな、「やっぱり人間は信用できない」感が、ラスト直前までつづきます。

投稿: 廣田恵介 | 2012年5月15日 (火) 20時36分

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