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2012年3月11日 (日)

■0311■

ゼロハリバートンに自作のプラカードを入れて、朝から東電前デモへ。
集まったのは、たった50人だと聞いた。道路の向こう側にあぶれていた人たちは、単なる見物人らしい。
0311cap5cmc7経産省前でも、よく見かける人がマイクを握った。「参加者より、警官やマスコミの方が多いとは……。東電の建物を取り囲むぐらいでないと、このアクションの意味は薄いと思います。私は、とても悲観的な気持ちです」。
僕も同感だった。そもそも、原発と関係ない運動をしている人が、前面に出すぎる。そうでもしないと、人が集まらないんだと思う。
脱原発テント村が、カラー刷りのチラシを配っていた。おいおい、俺はこんな立派なチラシのためにカンパしてきたわけじゃないぞ?

福島から来た女性の「福島、返せ!」のコールは、いつ終わるとも知れず、青空に響きつづけた。
今日、初めて参加したという女性は「公安が、こんないっぱいいるなんて」と苦笑しながらも、「家族と食事するのが楽しくなくなった。放射能が入ってるかも知れないね、と話題にすらできないなんて、楽しいわけがない」――そういう話のほうが、真実味がある。
「放射能なんか気にしてないぜって態度のほうが、カッコいいと思われている」。その通りだよね。

イタリア人の男性は、反対側の歩道で、優雅に見物している者たちを指さした。「これは向こう岸から眺めるような問題じゃないよ。人間ぜんぶの問題でしょう!」

最後に、FRYING DUTCHMANの「humanERROR」が歌われた。→
「原発は 今まで俺たちの暮らしを支えてくれました 今までその実態を知らずに それを許してきました」……


14時から、日比谷公園出発の大規模デモがあると聞いたので、行ってみた。
0311cay74exyエコ関連のイベントが行われていて、どこからデモが出発するのかさえ、よく分からなかった。

東電前でプラカードを取り出すと、どこ通信だったか、海外メディアに簡単な取材を受けた。
「今日は、どうして東電前に来たんですか?」
「何が原因なのか、何だかモヤモヤしていて……少なくとも、東電には、この事態に責任があるはずでしょう」とか、そんなようなことを答えた。

「この一年間、どうでしたか?」
「暗い話題が、次々と明らかになった一年だった」。これは、たとえば給食のこと。学校が、子供たちを守ってくれないことが分かった。食品業界が、われわれエンドユーザーより、自分たちの利益を優先していることも分かった。

「どうして、日本はエネルギー転換ができないのでしょう?」
「原発立地と霞ヶ関が、お金でつながっているから。それが最大の壁だと思う」。
このインタビューは、自分の考えのボンヤリしているところを、明らかにしてくれた。どこのメディアかは忘れたが、感謝している。


時事通信社の面白いアンケート。→
「今後原発を廃止すべきだと考える人が65%に上ることが分かった」。そんなことは、どうでもいいよ。それが簡単に行かないから、モヤモヤしてるわけであって。

「廃止、推進のどちらでもない」、これが最多と書いてある。そう、みんなが大好きな答えは「どちらでもない」!
いや、これは答えですらない。回答放棄、責任放棄。ツイッターで「何が脱原発だw」と絡んでる連中も「でも、僕は原発推進じゃありませーん」。

原発が停まるんでも、また動くんでも、どっちでもいいんだよな?
自分が困らないぐらい、今までどおりに電気が使えるなら、本当は原発なんてどうだっていいんだろ? 俺は、原発を許してきた自分が嫌いだから、デモに行くんだよ。
永遠に赤字の原発立地には、俺たちの払う高額の電気使用量から、ずーっと原発マネーを払いつづければいい。その上で、原発をなくせば、結果は同じことだよ。


帰りの中央線で、若い夫婦が乗ってきた。小さな子供を、ひとり連れて。
向かいの席の老夫婦が、まるで自分の孫を見るような優しい目で、いろいろ話しかけていた。――それが世界のすべて。失って惜しいもの。

俺自身が綺麗じゃなくても、この世には綺麗なものがあるんだよ。それを見つけたときに、生き方が決まるんだ。

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コメント

>「家族と食事するのが楽しくなくなった。放射能が入ってるかも知れないね、と話題にすらできないなんて、楽しいわけがない」

だからね、意識的に食事中「内部被曝の事や被曝対策はこうやってる」みたいなことを話してるから、旦那や子供達は慣れたみたい。
食べたいものが、食卓に並ばない理由のひとつに、安全そうなものが見つからなかったからという事を娘達は理解してくれるようになった(ただの節約の場合もそう言う...)

世の中には、「どちらでもない」って許されることと許されないことがあると思うけど「原発」は許されないハズ。

原発(事故)があってからなのかな...今まで以上に、周りがどうこうではなく自分に正直でいたいという思いが強くなったきがする。

大事なモノがハッキリとしたというか....

投稿: ごんちゃん | 2012年3月12日 (月) 18時29分

■ごんちゃん様
ベラルーシの家庭なんて、食材の放射能測定してから(各学校に測定器がある)、調理してるんだぜ……毎日。
新しい常識を導入する人がいるのに、一方でそれをあざ笑う人がいる(そんな人間が家族にいたら、確かに最悪だ)。その断絶が、この一年間でハッキリしてしまった。

>原発(事故)があってからなのかな...今まで以上に、周りがどうこうではなく自分に正直でいたいという思いが強くなったきがする。

もともと、主体性をもっている人間は、より主体性を持つようになった。周囲を見ても、そうだよね。
主体性のない人間は、他人の実行していることを冷笑するしかない。
「大事なもの」がない人間は、今の事態に対して、ひたすら冷淡に、虚無的に振舞い、自分の意見すら持たない。

この一年で、あぶり出された気がするね。

投稿: 廣田恵介 | 2012年3月12日 (月) 19時57分

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