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2012年1月 6日 (金)

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年末にアニメーターの方から、『ポニョはこうして生まれた。~宮崎駿の思考過程~』というドキュメンタリーを、お借りした。5枚組、全12時間。
0105n0017647_l『もののけ姫はこうして生まれた。』のような凝った演出がない分、そこには、肉体の衰えと前向きに戦う、むき出しの作家の姿が刻み込まれていた。

最後に、ディレクターは「宮崎さんにとって、仕事とは何ですか?」と聞く。「今まで取材してきて分からなければ、分かるわけがない」「僕は、そんなことを言葉にしようとは思わない」と宮崎は言う。
「夢を形にする、なんて言った瞬間に汚くなるんだよね」とも言っていた。どんな些細な言葉さえ「結論」にしたがるネットの窮屈さとは、対極にある姿勢だ。

「意識以外が、すべて無意識だと思ったら、大間違いだ。無意識の底に、個人をこえた意識の海がある」というようなことも。宮崎駿は、その知覚しえない領域に、何とかアクセスしようと試みる。
その一方で、原画を修正するときは「これは、実際に起きたことを描いているんだよ。空想じゃないんだ。僕らは、そのことを、こういう方法でしか描けないんだ」。別にそれは、すごい3D技術や何かが開発されれば「ちゃんと描ける」というものではない。

目に見えないが実際に起きたことは、手指を使わないと視覚化できない。それが、人間の(脳を含めた)身体能力に他ならないのである。


一方で、このドキュメンタリーは優れた仕事論にもなっている。
宮崎駿は、とにかく休まない。準備期間中には「15分だけ寝る」と決めて、きっかり15分だけ眠る。たとえ朦朧としていても、脳のコンディションが最良なのは、起きたばかりの時だという。
弁当を食べながら、窓の外で揺れる木々を観察している――それは、揺れる木々を描く必要があるからではない。そんな簡単なところに、答えはない。

しかも、『崖の上のポニョ』制作時、彼は66~67歳だ。定年が60歳から65歳にまで引き上げられる案が浮上しているが、すでにそれを越えている。
にもかかわらず、彼は自分の仕事を不甲斐ない、と感じているように見える。流れていく時間や世界の広がりに対して、無力感さえ覚えているかのように。
その謙虚さに、心打たれる。


つまり、「真剣に仕事をする」のが、すべての基本なのだ。
原子力安全委員会の斑目春樹委員長のように、原発関連企業から、金なんて受け取ってはいけないのです。働いてもないのに、金を受けとる。ここから、堕落が始まる。

新潟県が、「今年のコシヒカリは、どうもおかしい」と調査したところ、半数に他県のコメが混ぜられていたそうです。コメ業者は「儲かればいい」んです。最終的に消費者の口に入ろうが入るまいが、関係ない。
新潟県は、刑事告発も視野に入れているそうですが、「楽して儲かるなら、他人が損しても構わない」のは、いつの間にか、日本人の国民性になってしまいました。
だから、原発の再稼働どころか、「増設しよう」なんて話が出てくる。電力会社や原発立地の首長にとって、われわれは「損しても構わない他人」だから。

でも、謙虚に「人のために」働いていたら、こんな狂ったことにはなりようがないわけですよ。
もちろん、生活のため、自己実現のために働いても構わない。だけど、あなたの仕事の結果は、必ず、生きた人間が受けとるのです。それを忘れてはいけません。

(C)2009 Studio Ghibli

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