■0922 キャラ★メル Febri Vol.08 ■
キャラ★メル Febri Vol.08 24日発売予定
●渋キャラオヤジ列伝 第三回「河地大吉」
この連載は、オヤジ・キャラを通して人生を語る……という地味なもので、今まではモノクロだったんです。
それが、今回は『うさぎドロップ』特集があるので、それに合わせて、カラーページに出張です。先に知っていれば、もうちょっとビシッとした原稿にしたのになあ。お恥ずかしい。
しかし、『うさぎドロップ』を第1話から見直す、いい機会になりました(ラスト二話は、シナリオのみ先に読みましたが)。
やっぱり、アニメの魅力って、「情緒」を、メカニカルに組み立てていることだと思うんですな。『うさぎドロップ』は30歳のオッサンと、6歳の少女のバディ物。『ペーパームーン』とか『都会のアリス』みたいなもの。
それをアニメでやって、何が面白いのかっていうと、大人たちのシーンは動きが少ない。アップの切り返しで、会話させることが多い。
いっぽう、子ども達のシーンは、作画枚数をふんだんに使って、ちょこまか動くところを、ロングでとらえている。
その対比を見るだけで、面白いわけです。今号の「キャラ★メル Febri」には、原画も載るそうなので、すごく楽しみですよ。
――もうひとつ言うと、子どもたちの動きを細かく描くために、大人たちのシーンは枚数を削っている制作上の事情もあるんだけど、それがそのまま、作り手の思想に直結しているところが、またアニメの面白さでもあるのです。
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連休最終日の19日、都内で、大規模な脱原発デモが行われました。
主催者発表が6万人、警察発表が2万7000人と大きく食い違うのは、まあ、それほど気にすることではないです。「原発事故以来、最も規模が大きい」ことが肝心であって。
人・人・人で埋めつくれさた明治公園の写真を、ツイッターで見ながら、素直に感激していた。
ところで、僕が高円寺デモに参加したのは、沿道の人々にアピールするためだし、「東電前アクション」は、東電なり経産省なり、ターゲットが決まっていたからこそ、参加した。
19日の大規模デモに関して、とても違和感があったのは、「報道の扱いが小さい!」と激怒している人たちが、かなり大勢いたことだった。
――テレビや新聞に訴えるために、デモやったのか? ふだんは「マスゴミは信用できない」とか言っているくせに、なぜ、いまだに手を切ろうとしないんだろう?
もっと驚いたのは、「NHKニュースでの取り上げ方が不満だ」として、「次はNHK前でデモするぞ」と、電話しちゃった人がいたこと。
さらには、毎日新聞が一面でデモをとり上げたら、「いい新聞だ」と賞賛されてしまう(笑)。それじゃあ、「マスゴミ」に踊らされてることと、まったく変わりはないよ。
マスコミに期待できないからこそ、自分の肉体を使うんじゃないのかな。
経産省前で、240時間のハンスト(10日間、本当に水と塩しか摂取しなかった)した若者たちは、エネルギー庁の職員に「見てたよ」と言われて、とても嬉しかったらしい。
彼らは、マスコミに取り上げられたいから、命をかけたわけではないんですよ。
――ずーっと家にいて、何も行動しなかった身なので、これぐらいで黙ろう。
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用事があって、立川からモノレール一駅分、歩いてみた。シネマシティのあるビルの裏へ出ると、荒涼とした風景が広がりはじめる。
こんなところを歩く人間は、僕ぐらいなものだ。この孤独癖が、いつから身についたのかは、分からない。
用事をおえてから、また、シネマシティの裏手まで歩いた。
『くまのプーさん』を見てから帰ろうかと思ったが、そんな気分でもなかった。
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コメント
>人・人・人で埋めつくれさた明治公園の写真を、ツイッターで見ながら、素直に感激していた。
感激したよね....嬉しかった。
長野県佐久市に住むママ友達が小さな子供3人連れて行ったって聞いてさらに感激した。
>テレビや新聞に訴えるために、デモやったのか?
だよね?もうどーでもいいのにね。テレビや新聞を信じてるもしくは、ネットをやらない人達はもういいんじゃないの?(とくに高齢者?になるのかな)怒りの対象にむけての声であるべき。ソレ以外はもういいのでは?と思う。だって、実際に集会に参加してる人が、自由に画像や動画をアップしちゃえばいいんだからね。もういくら規制したって止まらないでしょ〜。
フランス人の夫婦が逮捕された動画だって、海外メディアがニュースで取り上げるだろうし、こないだのハンストだって海外の取材受けてたみたいだね。
>シネマシティのあるビルの裏
知ってる!ココ。どこか寂しいというかね...でもなんかキライじゃない感じだった。当時はね。今、行ったら切なくなりそう。
>孤独癖
いつもではないんだけど、突然どんなに楽しい事もどこか一歩ひいて自分は見ていたいような...そういう気分になるって、それと違うか?私は、集団が苦手な理由にそれがあるんだよね。どちらかというと、その「現象」に感動しちゃうの。自分は置いといて。基本、裏方好き。
投稿: ごんちゃん | 2011年9月22日 (木) 22時21分
■ごんちゃん様
>怒りの対象にむけての声であるべき。ソレ以外はもういいのでは?と思う。
やっぱり、自己満足・自己実現でやっている人も、少なくないんだよ。だから「俺たちのこと、無視しやがって!」となる。
その幼稚さには、ときどき、暗澹たる気持ちになる。マスコミの顔色をうかがっている人が多いと、「これでは、勝てない」と思ってしまう。
さらに言うなら、ネットでさえも伝えきれない怒りがあるから、デモをやるもんだと、俺はそう思っていた。
あのフランス人(奥さんは日本人)は、東電前アクションで一緒だった人だし、自分の眼で見たむき出し情報のほうが、絶対に価値があるよ。
東電でも、本社前まで行くと、ぜんぜん印象が変わるよ。
ネットの便利さが、いろいろ邪魔している側面もある。
>突然どんなに楽しい事もどこか一歩ひいて自分は見ていたいような...
飲み会があっても、いつも最後は、ひとりで飲んで帰りたい。
この性格は、私生活では便利だけど、チームで仕事するときには、「何だアイツ」と言われる。
しかし、みんなに合わせて天気の話とか、いまだに出来ないなあ。
投稿: 廣田恵介 | 2011年9月22日 (木) 22時52分
>ネットの便利さ
よくないのは、やった気、分かった気になってしまうこと。いい点は、情報収集のスピード、時間の節約になる。
>みんなに合わせて天気の話
できなくていいんじゃない?(笑)そんなの、主婦にとって都合がいい挨拶みたいなものだよ。私はやっと、できるようになったよ〜。
投稿: ごんちゃん | 2011年9月22日 (木) 23時34分
■ごんちゃん様
誰かが、「ネットはしょせん、現実の代わりにすぎない」という意味のことを書いていて、それ以来、注意はするようにしている。
たとえば、ネットがなくなったとしても、連絡をとれる方法ぐらいは、確保していないと。
どこかの街頭で、反原発のチラシを黙々と配っている少年がいたとか。それすらも、ネットで見た写真だけれど。
天気の話ぐらい出来ないと、仕事上は、支障をきたすよ。
投稿: 廣田恵介 | 2011年9月23日 (金) 00時04分
>どこかの街頭で、反原発のチラシを黙々と配っている少年
そうかあ...。
投稿: ごんちゃん | 2011年9月23日 (金) 00時16分
こんにちは。お久しぶりです。
以前の書き込みで、テレビや新聞が信用できないと書いたあと、
廣田さんの職業のことを思い出し、誤解を招くような、失礼なことを
書いてしまったかも、と思ったのですが、あの後すぐ寝込んでしまい、
しばらくここを読むことが出来なかったのですけれど、
色々と、あったようですね。
いまは、テレビや新聞が信用できないと、言い切ってしまった
自分の幼稚さに、うんざりしています。
「知らぬ仏より、知っている鬼」というセリフが、映画「仁義なき戦い」で
ありました。
体験したことのない幸せよりも、いつもの不幸を、人は選んでしまうようです。
人間って、不思議ですね。
自分を含めた「ぶうぶう文句を言う人」の根っこには、これがあるのかな? と
思うようになりました。
投稿: 浜長和正 | 2011年9月23日 (金) 15時14分
■浜長和正さま
私は、なにか不愉快であったときは「不愉快だ」と書きます。なので、浜長さんの書き込みで不愉快になったことはありません。
安心してください。
テレビや新聞の権威は、とっくに喪失していると思います。
ただ、その喪失を、僕も気が着かないフリをして、新聞の定期購読を「習慣で」つづけてきたのです。
原発事故以降も、「習慣で」安全・安心なフリをつづけている人が、圧倒的多数ではないでしょうか。
その点、僕はマスコミも個人も、たいして変わらない気がしているのです。マスコミは無視すればすむけど、個人は自分自身の問題ですからね。
過度に自分を責めても、袋小路に陥るだけです。
しかし、自分を疑いつづけることが必要だと思うのです。
投稿: 廣田恵介 | 2011年9月24日 (土) 12時39分