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2011年9月10日 (土)

■0910 とある飛空士への追憶■

試写会にて、10月1日より公開の『とある飛空士への追憶』。
Toarub086b30eb51268f381a6fc1e583d_3最初の10分ぐらいは、何だか深夜アニメのような絵づくりで、見ているのが辛かった。
世界観の作りこみも甘いし、絵も淡白。――だが、「貧民層出身のパイロットが、お姫様を祖国まで届ける」というメイン・プロットが走り出すと、何もかもが、変わる。血が、かよいはじめる。

メイン・プロットと書いたが、実は、2人が一機の飛行機で旅をする以外のエピソードは、皆無といっていい。
だから、高密度な世界観の設定や、詳細なメカニックの描写は、すべて余計だったのだと分かる。

パイロットと王女の、身分差をこえた恋愛も、まあ、予想通りの展開なのだ。
「こういうシチュエーション、山のように見てきたよなあ」と、心の半分ではしらけながら、しかし、鼻のすじがシクシクと痛むような、今にも涙が流れそうな、不思議な心境だった。
「いやいや、ここでこの絵はないでしょう」とツッコミを入れながらも、なぜか、ずーっと涙腺がゆるんでいる。

主人公にも王妃にも、これといって、強い個性があるわけではない。でも、だからなのだ、と思う。この物語の半分を、自分でつくっているかのような、一体感……としか、今は言いようがない。
「明らかに記憶の底にあったんだけど、目の前にしたことのなかった映画」とでも言おうか。ラストシーンを見ながら、(僕の歳では、もう遅いかも知れないが)「こんな風に高潔に生きてみたい」と思った。

絵柄が一般向けとは言えないかも知れないが、ヒットしてほしい。
それと今後、異世界モノというか、ファンタジーの需要は、高まる気がしている……日常を舞台にしたアニメには、何らかのエクスキューズが必要になってしまったと思うから。


ここ数日、思うこと。
公判に向けて、誰も助けてくれないことが、いよいよ明らかになってきた。相手は人殺しなのに、鉄壁のガード。この差は、何だ。怒鳴りだしくなる。

今だって、怒鳴りだしそうな気分だ。
震災で多くの無実の人、子ども達までが亡くなったのに、なぜ、老いぼれの人殺しの生存権だけが、死守されているのか。

廣田年亮被告を守っている弁護士、証人たちは、自分の手を汚したくないだけの偽善者だ。自分たち自身が「人殺し」になりたくないだけ。わが身が、かわいいだけの卑怯者だ。

(被害者遺族救済制度があるらしいが、僕は加害者の息子でもあるので、適用は難しいらしい……よって、10分程度の意見陳述しか、許されていない)


「原発事故は、日本人のセコさが、事態を悪化させた」というツイートを見て、思い当たることがあった。

セコさ、とはちょっと違うかも知れないが……、都内の多くの駅では、高齢者用にエスカレーターが設けられている。階段をのぼる人は、ほとんどいない。高校生まで、迷いもなくエスカレーターへ引き寄せられていく。
電車の中では、携帯電話はマナー・モードに設定し、シルバーシート付近では、電源を切ることになっている。だが、誰も電源なんか切らない。(病院の待合室でケータイを使っている若者を見たことがある)

前にもブログに書いたように、高齢者のほとんどは、トイレで手を洗わない。それどころか、駅のトイレの床は、小便でベトベトに濡れているのが、当たり前の光景だ。
みんな、ハンカチを持っているくせに、ジェットタオルを使う。紙タオルがあれば、何枚でも、遠慮なく使う。

道路でタバコを吸い、火のついたまま、地面に捨てていく人がいる。
高校の制服を着て、駅でタバコを吸っている高校生がいる。誰も、注意しない。駅の職員に通報すらしない。

「どうせ、誰かが始末してくれる」――このズボラさが、原子力マフィアの跳梁を許し、許しつづけている。
反原発、東電と政府は許せない……といいながら、署名サイトのリンクだけ貼って、自分は署名しない人がいる。「どうせ、誰かが署名してくれる」。


以前、『地球少女アルジュナ』のセリフを書き写したことがあった。→
「期限切れの売れ残った弁当は捨てられてしまうことがある。なぜだ?」「その方が、管理が楽やから」――これが、暫定基準値に疑問をもたない、流通業者の本音だろう。

もちろん、暫定基準値を放置せず、自費で測定器を導入している食品業者もあり、そういう会社の店舗は、積極的に応援していきたい。(応援というのは、わざわざ、その店に足を運んで、お金を使うことだ。ツイッターに「応援します」と書くのは、応援ではない。)

世の中が、どんどん便利になり、「誰かがやってくれる」が当たり前になった。
その「当たり前」と手を切らないかぎり、原発はなくなりはしない。いや、原発がなくなっても、日本人は、根本的に、何も変わらない。

(C)2011犬村小六・小学館/「とある飛空士への追憶」製作委員会

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コメント

「お天道様が見ているよ」昔の人が子供によく言った言葉。最近はあまり聞く事はないけど、私はよく使う。
人が見ていなくても「自分が気持ちイイからやる」感覚。

「罪悪感」....これが無くなったら、人なんて楽な方向、自分の都合の良いことばかりを優先しだすよね?

「こんな世の中であってほしい」と願ったら、行動で「社会に参加」する。そうでなくちゃ、ツイッターで「応援します」や「賛成です」なんて言ったって、何も言わない方がマシだと私は思う。

「署名すらしない人」の気持ちなんて、完全にわからないもの。

投稿: ごんちゃん | 2011年9月10日 (土) 20時56分

■ごんちゃん様
「努力は人を裏切る場合があるが、怠惰は決して人を裏切らない」という言葉がある。
人間は、どん底まで、果てしなく堕落できてしまう生き物だ。自分の身内をはじめ、間近に見てきた。

>ツイッターで「応援します」や「賛成です」なんて言ったって、何も言わない方がマシだと私は思う。

ネットが緩衝材になってしまって、何かやった気になってしまっている人が、とても多い。だから、原発は止められない。

俺も、今すぐやりたいことがあるんだけど、公判が終わるまでは、何も表立ったことができない……そういう意味でも、廣田年亮被告は、途方もない迷惑を振りまいているんだよ。

慰謝料をふんだくってやりたいぐらいだ。

投稿: 廣田恵介 | 2011年9月10日 (土) 21時12分

何も、出来ませんけど、裁判頑張ってください。

応援します。

投稿: umai_cola | 2011年9月11日 (日) 06時40分

■umai_cola様
まことに、ありがとうございます。
その一言だけで、大変な励みになります。

投稿: 廣田恵介 | 2011年9月11日 (日) 11時56分

>「努力は人を裏切る場合があるが、怠惰は決して人を裏切らない」

ああ、何か「そうかもしれない」って思う。
そのかわり、努力して得るものは「成功」ではなくて「信頼」なのかもしれない。

投稿: ごんちゃん | 2011年9月11日 (日) 21時01分

■ごんちゃん様
うーん、信頼を得るには、成果を示すしかないね。

まあ、努力も成果も関係なく、カネでずるずるもたれ合っている怠惰な人々が、こんなにも原発を増やしたわけだけど。

ただ、その怠惰さはわれわれの中にもあるから、気をつけようという話だね。

投稿: 廣田恵介 | 2011年9月11日 (日) 21時22分

「世の中が」から3行が、胸に突き刺さりました。
その通りですね。いやいや。ほんとに。その通り。
意識して、そうならないようにしてるつもりでも、
自分の中の怠け者が、無意識に流してたりしてて、
はっ!!と、気がつくことがあります。恐ろしい。
とりあえず、自分の中にいる敵をなんとかしよう!
そう思いながら生きています。42歳。男の大厄。

投稿: です | 2011年9月15日 (木) 09時20分

■です様
何度も例に出して恐縮ですが、公衆トイレの汚さが、日本人の本当の姿を象徴していると思います。

「汚いこと、面倒なことを他人に押しつけて生きている」という自覚があるだけで、かなり、違ってくるんじゃないでしょうか。

ほとんどの人は、自分に正義があると、過剰に思いがちな気がするのですよ。

投稿: 廣田恵介 | 2011年9月15日 (木) 10時25分

公衆トイレの例。
何故か妙に納得しました。

屋久島へ行った時に、川遊びの出来る所に公衆トイレがあって、その女子トイレに入ったら本当に残念な程汚かった事をこのコメントで思い出しました。

屋久島なんてリゾート地でもないし、
自然を愛している人が足を運ぶ場所だと思っていたのに、公衆トイレが驚くほど汚かった。

しかも女子トイレ。

ビニール袋を手にしてなかったので、ゴミを集めて捨てる事が出来なかったのですが、せめて便器だけはと思い、ペーパーで拭いてきましたが・・・。
全てのトイレが汚かった訳ではないのです。きちんとしているトイレもありましたが、あそこのトレイの汚さには驚いてしまいました。

女子トイレから出てくるのって、皆お化粧直ししたりちょっと綺麗になって出てくるじゃないですか。
でも、実はその出て来たトイレは、汚物で溢れる。
それがいつも矛盾してるんだよな~って思ってたんです。
綺麗な格好して出てくるからこそ、トイレも綺麗に使えなきゃならないのでは・・・って。

>「汚いこと、面倒なことを他人に押しつけて生きている」

そういう事だったんだって、納得してしまいました。

投稿: ナトー | 2011年9月17日 (土) 00時58分

■ナトー様
そうでしたか。女性ですら、屋久島ですら、公衆トイレの掃除をする人のことを考えてないわけですね。
僕は、そういう一般人が、「日本がこんな国だったなんて!」「政府の対応はひどい!」と嘆くのを見ても、なかなか同意できません。
だって、僕らだってひどいじゃないですか。後からトイレを使う人のことを考えられない人間に、「10万年後の高放射性廃棄物」なんて論じられるわけない(笑)。

だから、原発だけ都合よく、世の中から消してくれという主張には、抵抗をおぼえます。「いつも使っている公衆トイレを掃除しろ」と言われたら、誰だってイヤでしょう?

日本人特有のダラシなさと自分本位の潔癖症が、いまの状況をつくったんだと、僕はそう思います。
何の決定権も与えられていない、子供たちは別ですが。

投稿: 廣田恵介 | 2011年9月17日 (土) 01時47分

納得です

投稿: ごんちゃん | 2011年9月17日 (土) 16時48分

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