■0907 ヱヴァンゲリヲン■
いわき市に行っている間は、なぜかアニメ番組が多く、多数予約していた。
『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破』のテレビ放映版もそうで、昨夜、やっと見られた。
ちなみに、二年前の公開時の感想は、なかなかキモいですよ。→■
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やっぱり、シンジが綾波にふるまう味噌汁から始まって、指にケガしてまで料理にいそしみ、アスカも同じように指にケガして……加持が、ミサトに持ってくる缶コーヒーとかさ。「他人のために食べ物を用意する」ってところが、とにかく泣かせる。
人のためにしか動かないのが、たぶん、完成された人間なんだと思うよ。
それと相反するように、子ども達を先頭に立てないと、守りきれない世界の不条理。真っ赤な海を洗浄して、もともとの青い海と海生動物を再生させた巨大施設……それすらも、世界を救う切り札には、なり得ないという絶望感……。
ダミープラグはじめ、次々と投入される新技術……が、ことごとく失敗して破滅へ連鎖していく有り様に、かつて感じたカタルシスはない。
最悪状況と楽観が共存した結果が、『ヱヴァ』の世界なんだ。
その中でも、子ども達同士の触れあいは、絶望なんかとは無縁のところで、必ずありつづける。
その強度に、ゼーレやネルフ、大人たちの策謀は、ことごとく敗北しているかに見える。
世界が、絶望とともに崩壊しようとも「キミとボク」の世界を守りきれれば、それはそれで幸せなのかも知れない。
ボクには、キミがいないけれどね。
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ブログに書ける段階ではないのかも知れないが……、私の母が元・父親に殺された事件。
公判が近づいている。己の無実を信じてやまない廣田年亮被告は、弁護士と策謀し、証人をつぎつぎと揃えはじめた。
――ショックなのは、母の葬儀に参列してくれた親戚が、被告側の証人として出廷することだ。こともあろうに、敵に寝返ったか……。
でも、俺からすれば、人殺しの擁護をする人間は、人殺しと同罪です。親戚だろうが、そんなものは関係ない。情け容赦はしない。
対する検察側。遺族として出席するのは、俺だけです。つまり、母の名誉を守り、被告を追いつめられるのは、もう僕しか残ってない。
僕は、この裁判に、十年分ぐらいの寿命を注ぎこむ。母は、胸に2本もの包丁を突き立てられ、苦痛のうちに死んだのです。
私が、母に贈った白いニンテンドーDSは、彼女の血で真っ赤になっていた。
それを「仕方がないこと」とする人間たちを、あなたなら、許せますか?
(C)カラー
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