« ■0904 東京の空気■ | トップページ | ■0906 チェルノブイリ・ハート■ »

2011年9月 5日 (月)

■0905 ゴジラ■

上映会で活躍してくれた映像ディレクターの加納真氏が、「いま、最初の『ゴジラ』を見ると、結構すごいよ」と語っていたので、1954年版と1984年版をつづけて見た。

1954年版は、高校3年のとき、文化祭で上映した。ちょうど、1984年。つまり、30周年記念Gimagesで新作が公開される年だ。
文化祭実行委員長と生徒会副会長を兼務していたので、「どうせなら、話題性があるやつを上映しよう」と、ほぼ独断で決めた。
つまり、17歳かそこらの頃に見て、手堅いつくりに、ぞっこん惚れこんでしまったのだ。ノベライズも読んだし、レコードも買った。

いま見直しても、セリフは覚えていた。無駄のない、誠実な映画だと思う。


最初にゴジラに沈没させられる船は、第五福竜丸がモデルだろうけど、船が被曝した形跡はない。
代わりに、ゴジラが初上陸した島で、巨大な足跡が、放射線を発している描写がある。「この付近の井戸は、危険なので使わないように」と、志村喬(考生物学者)の助手が、住民を下がらせる。ところが、もうひとつの井戸が使えるのは、おかしな話だ……というやりとりがある。
つまり、54年当時は、放射能を含んだ雨が降るのが当たり前で、「原子マグロに、放射能雨」というセリフまである。その世相が、「放射能をもった怪獣」にリアリティを与えたのだと思う。

志村喬は、ゴジラの足跡から三葉虫を発見し、さらに、付着していた泥からストロンチウム90を検出する。
足跡に近づいていてはいけないぐらいだから、ゴジラに蹂躙された東京は、この世界では死の街となっているはずだ。実際、病院で子どもにガイガーカウンターを向けた医師が、絶望的に首をふるシーンがあるではないか。

ところが、ゴジラ上陸から30年後を舞台にした、84年版『ゴジラ』。東京は、どこも汚染区域になっていない。
有楽町マリオンもあるし、新宿副都心の高層ビル街も出てくる。


1984年でしょ。流行語大賞が、所ジョージの「すごいですねえ~」だよ。テレビCMは「ハエハエ、カカカ、キンチョール」だよ。マハラジャの一号店も、オープンした。
日本は豊かになったんだよ。そのことに、後悔はないよ。平和な時代を生かせてもらったと、今は感謝している(これから先は、わからない)。

1984年版では、原子力発電所が「ゴジラのエサ」と呼ばれる。ゴジラが日本に上陸するのGimagesca8r9rxlは、原発があるから……という設定に変えられている(1954年には、まだ日本に原発はなかった)。
だから、ゴジラが最初に上陸するのは、東京ではなく、静岡県の「井浜原子力発電所」なのだ。――浜岡原発のことだろうね。76年運転開始で、新しい原発だったし。

さて、ゴジラは原子炉建屋を破壊し、格納容器を取り出す。そんな大変なことになっているのに、生物物理学者の夏木陽介たちは、生身で至近距離まで近づくんだけど(笑)、ゴジラが放射能を吸い込んでるから、無事だということらしい。
……でも、それで納得したと思うよ。311までは、誰もが。

もうひとつ面白いのは、夏木陽介が、帰巣本能を利用して、ゴジラを火口に落として眠らせようとしているのに対して、日本政府はカドミウムを飲ませて、「ゴジラ体内の核反応を抑えよう」と考えるところ。
発がん物質のカドミウムに、そんな効果があるとは初耳だけど、政府はゴジラを「生きた原子炉」と捉えている。夏木陽介は、「ゴジラは殺せない」と、反対の立場をとる。

1954年版でも、志村喬は、ゴジラ抹殺に反対し「殺さずに研究すべき」。この辺りのゆがんだ感覚は、今でいうと、「放射能安全厨の総大将」山下俊一教授(刑事告発ずみ)を思わせて、ちょっとギョッとさせられる。


いずれにせよ、「原発があるから、ゴジラは日本に来る」設定は、途中でボカされてしまう。
1984年には、原発なんて見えないところにあったし、「爆発なんてしないだろ」と思われていたし。
僕が4月ごろに書いていたように、80年代の日本(特に東京)は平和すぎて平和すぎて、だから、『AKIRA』のように大破壊を前提にした物語が、普遍化されていった。
宮崎駿の言葉を借りると、「平和な時代こそ、破滅はファンタジーになり得る」。今は逆になってしまったわけなんだけど……。

だけど、街にでると、1984年と変わらない風景が広がっている。
1984年版『ゴジラ』は、前作のように骨にもならず、火山に封印されるだけ。「クサいものにはフタ」なんだ。
眠りにつくゴジラを見て、なぜか総理大臣が泣くんだけど、そんな安いセンチメンタリズムは、反原発の人こそが、抱きがちじゃないか。その感傷を、今むしろ、リアルに感じてしまう。
それぐらい、みんな、ヌルく「脱原発」と言っているだろう。本気で脱原発運動をやったら、人生を捨てねばならないと分かっただろう?

日本人がリアルに放射能を浴びていた1954年版のラスト、「水爆実験がくり返されるかぎり、第二第三のゴジラが、世界のどこかに現れるはずだ」。このセリフを痛切に感じなくてはならないはずが、「それだ!」と言い切れない。なんだか、違うんだ。

仕事が終わったら、『チェルノブイリハート』を見にいく予定。もうちょっと、悩む。

(C)TOHO CO.LTD

|

« ■0904 東京の空気■ | トップページ | ■0906 チェルノブイリ・ハート■ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■0905 ゴジラ■:

« ■0904 東京の空気■ | トップページ | ■0906 チェルノブイリ・ハート■ »