■0331 ジャイアントロボ■
ようやく、長すぎた3月も終わろうかという日、地震で崩れたDVDマウンテンの中から『ジャイアントロボ 地球が静止する日』を発掘、視聴。日本のありとあらゆるロボット・アニメは、「過去の惨劇」をバックボーンにしている。「絶対安全」なエネルギー、シズマ・ドライブが暴走する『ジャイアントロボ』は、特に悲観的な未来像を示している。
……と冷静に書いてはみたものの、第3話で、大作少年が「お父さん、どうしてジャイアントロボ(の動力源)だけが、原子力でなければならなかったのですか?」と問いかけるシーンには、震えがきた。
チェルノブイリ原発事故から、6年後の作品である。
この作品でも、シズマ・ドライブの実験炉が崩壊するシーンには、原発、そして原爆のイメージが強く影響を残している――が、この作品における「原子力」という言葉には、50年代SF映画のような、レトロな響きが感じられる。
しかし、原子力で動くロボットを、あえてわざわざ息子(後につづく世代)に託すというアイデアは、今後、少なくとも日本で使われることはないだろう。
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『風の谷のナウシカ』は、「火の七日間」によって、すでに地球全体が汚染されている前提で始まっているが、『AKIRA』は「新型爆弾」が投下された後、高度経済成長期をあからさまな手本につくられた世界だ。
東京を壊滅においやった「アキラ」は、当時の科学者たちによって、地下施設に隠され、何重にもコーティングされて、管理がつづけられている。
『新世紀エヴァンゲリオン』も、人間の手におえないものを、無理やり運用しているという意味では、原子力発電に通じるものがある。暴走する零号機を止めるために使われたのは、特殊な樹脂であった。
――これらのフィクションが予言的であったとか、警鐘を鳴らしていたとか言うつもりはない。しかし、「日本だけが、なぜこうまで平和でいられるのか」という苛立ちが、享楽の80年代の間にさえ、常にピリピリと振動をつづけていたように思う。
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三鷹駅前は、まだコートが必要なぐらい、寒い。
昔と同じように、なじみのクリーニング屋を利用でき、店じまいする飲食店すらないのを、むしろ夢のように感じる。
(C)光プロ/東芝エンタテインメント/フェニックス・エンタテインメント
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