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2011年3月15日 (火)

■0315■

深夜、某編集部から電話。地震の前から音信が途絶えていたので、「今号の記事は流れたな」と決め込んでいたのだが、「やっぱり書いてほしい」などと言う。
朝からスタジオにこもって、今さっき、編集部に戻ってきたらしい。この男から依頼があると、決まって「やれやれ」とため息が出るのだが、いつも引き受けてしまう。

それはねえ……みんな、主役になりたいのですよ。まんまと自分だけが助かっていることに対する罪悪感を、義務感で打ち消したいのです。
「早く通常運行に戻らんかな」と言っている人もいるけど、とんでもない。戻り道など、最初からないですよ。生まれたときから、ずっとそうだったじゃないですか。いつでも、一本道ですよ。


だから、『ドラえもん のび太の新・魔界大冒険 ~7人の魔法使い~』のクライマックス、タイムマシンで過去に戻り、「すべて無かったことにして」幕を引いたはずのドラえもんとのび太が「ちょっと待てよ」と、残してきた未来へとオトシマエをつけに行くシーンに泣けるのです。
005(昨日、TSUTAYAで借りてきました。『のび太の新・鉄人兵団』と同じ、寺本幸代監督作品)

『新・鉄人兵団』では、異星から来た少女・リルルとしずかちゃんが出会うシーンが、『ドラえもん』にしては、妙に生々しいリアリズムで描かれていた。
この『新・魔界大冒険』でも、「目が覚めたら、魔法の国になっていた」衝撃を、『ドラえもん』らしからぬタッチで印象づける。

その驚嘆すべきカットは、のび太の部屋の窓際、勉強机の上から始まる。机の上には、朝陽が差し込んでいる。カメラは、ゆっくりと右へパンして、まだ眠っているのび太を映そうとする――が、そこへ一足はやく起きてきたドラえもんの頭が大きく入り、画面を遮るのである。シーンの冒頭で、こんな不明瞭な演出は、普通やらない。
こと、ドラえもんのように子供にもシーン転換をはっきり見せねばならないアニメで、ここまで日常感を出してはいけない……が、いけないことをやるから「何かが起きた」感じが出るのである。

机からのび太の寝ている布団へパンすると、位置関係的にドラえもんが「入らざるを得ない」。さらに、カメラがパンしきって、のび太をフレームに収めると、「フレームの外にいるドラえもんが」窓をあける。のび太の顔に落ちるカゲが動くから、「窓をあけた」と分かるわけだ。……このカットだけ、リアリズムの基準が、明らかに『ドラえもん』の約束事が逸脱している。
が、「異星」「異界」を出現させるとき、寺本幸代という人は、物理的なリアリズムで約束事を破壊する。


ゲスト・ヒロインの美夜子と、のび太たちが出会うシーンも、素晴らしい。
007魔界星からの隕石が、森に落ちる。ジャイアンとスネ夫が森に駆けつけると、真上から光が差し込んでいるのだ。そのシーンのみ、キャラクターの色が淡くなっている。しかも、真上からのライティングなので、カゲの付け方が、他のシーンとまったく違う。
何とも美しい違和感をかもし出しているのだ。

魔界星に着いてから、追ってくるドラゴンたちを撃退するシーン。岩肌を滑り落ちていくドラゴンは、火を吹いたまま。だから、ワンカットだけ、炎が岩肌をバリバリと走っていく絵が入る。ほんの一瞬だが、ダイナミズムが出る。
そんなシーンを拾っていったら、本が一冊、できてしまう。しずかちゃんのパンチラならぬパンモロの大盤振る舞いといい、見るべきところの多すぎる一本。


……とまあ、この歳で『ドラえもん』映画に目覚め、しずかちゃんにモヤモヤし、それでも地震のシーンが出てくると、汗が出るほど怖ろしい。

『AKIRA』も『エヴァ』も、ありとあらゆるSFアニメは、過去の大惨劇を前提にスタートしている。アニメだけが「世界の終わり」を描きつづけた。
それは、僕らの抱える罪悪感のあらわれかも知れない。しかし、もう破滅を描く必要はない。破滅も悲惨も、もう十分だ。

世界は変わってしまったが、今は変貌した世界を受け入れて、新しく生きるしかない。

(C)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2007

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コメント

エヴァで、ミサトさんがシンちゃんに触れようとして、拒否されるシーンがありました。

さびしいのはシンジではなくてミサトだった、という場面だと記憶しています。

ここしばらくメールや電話で連絡ばかりしてましたが、朝起きたら、その絵がぱっと、頭の中に。

自分では冷静なつもりでしたけど、不安や恐怖に飲み込まれてたんですね。

あるいは、「俺は他人を心配しているから大丈夫」と思い込もうとしていたのでしょうか。

思わず、わらってしまいました。

話はコロッと変わりますが、今ちょっとづつ紙芝居を作っています。

カメラのレンズとか、照明とか、そういうことを考えながら、アニメみたく、背景があって、セル画に相当する透明プラ板に人物を描いて、そういうのを考えて。

アニメの絵が欲しいから、実写の知識が必要になる、というのは、たぶんやってみた事のある人なら、分かってもらえると思うのですが、でも実写もフィクションなんですよね。

手を動かしてみたら、おぼろげですけれど、我々が「リアリティがある」と感じるものは何か、わかってきました。

ただ、廣田さんがブログで書かれているような映画的な絵作りと、ドラマって、意外と相性が悪くて、ちょっと苦労しています。

投稿: 浜長和正 | 2011年3月15日 (火) 12時38分

■浜長和正さま
>「俺は他人を心配しているから大丈夫」

それって、こういう事態でなくとも、人間の心理として、普通にありますよ。
僕はそういう心理が分かるから、すべて許してしまいます。元旦からずっと「心配される役」を引き受けてます(笑)

>アニメの絵が欲しいから、実写の知識が必要になる

『もののけ姫』のメイキングで、宮さんが「人が人を背負う感覚が分からんから、ちょっと背負ってみせて」とスタッフに頼んでいます。ああいうことではないかな、と。
反面、庵野さんは記録フィルムを見まくっていたとか、ケース・バイ・ケースです。

僕が「実写映画的リアリティ」を気にするのは、単に8ミリや16ミリで映画をつくっていたからでしょうね。ものの見方も、その人によります。

しかし、ものづくりをするのは良いことですね。今、元気で動ける人は、どんどん文化をつくっていって欲しい。私も、今日は原稿書きです。これは後に残るものですからね。

投稿: 廣田恵介 | 2011年3月15日 (火) 13時28分

ごんちゃんとママ友&ソウルメイトのケーミです。
沢山の方々が読むブログに私のような者がコメントしていいのかわからなかったのですが、ソウルメイトと遠くになってしまって、中々話せなくなってしまい、どうしても吐き出したくて…コメントしてしまいます!

“自分だけが助かっている罪悪感を義務感で打ち消したい”


そういうことだったのか、私のモヤモヤした気持ちは。
と、ハッとさせられました。


大地震が起こる前から、常日頃感じていたのが、まさにその感情です。

例えば…
酷暑の中、冷房で冷えた部屋でこども達と笑顔で過ごす。
暑すぎて異様な程のオレンジ色に染まる街を見ながら、こども達との楽しい時間と反対に、

「人間の欲の塊のせいで自然界をここまで変えてしまった。
日本の四季は素晴らしいのに、この先、こどもと季節の変化を共有して笑顔になる。そんな他愛もない幸せを永遠に残していけるのだろうか。」と、そんな恐怖が押し寄せるのです。


そして、
「今、この幸せを自分だけが感じているのは、何かが違う。
だからといって、もう冷房なしでの酷暑を乗り切る勇気はない。」

そうやってモヤモヤしていた何かが、わからないでいたのです。


それは、未来を持つこども達、これから生まれてくるこども達への罪悪感だったんだ。

廣田さんの言葉でわかりました。


それを打ち消す義務感を持つほど、行動力や知識があるわけでもなかったので、ずっと胸が苦しいままだったんだと思いました。


被災地を見ても同じです。
結局、節電節水節食と、自分の欲を取り除いた普通の生活を送ることしか出来ない。

やっぱり苦しいままなのです。

もっと広い目を持ちたいです。。。

投稿: ケーミ | 2011年3月16日 (水) 16時51分

■ケーミ様
あれ、ごんちゃんと遠くになってしまいました? 彼女は無事なので、私は安心していますが。

>結局、節電節水節食と、自分の欲を取り除いた普通の生活を送ることしか出来ない。

ひとまず、それでいいのではないでしょうか。
むやみに義務感を持つと、ひたすら折り鶴を折り続けるような、おかしな事になってしまいます。
今は、日本全体にとって、わずかでも実効力のあること(節電節水節食は、今後何十年、何百年もつづく日本人の生活習慣になっていくでしょう)をしていくしかありません。

実効力といえば、お金のある人は、寄付すべきだと思います。それで罪悪感を打ち消せて、しかも全体のためになるのなら、一石二鳥じゃないですか。

そうやって、現実への関与と自分の精神とのバランスを両立させていくべきです。罪悪感を、うまくバネにすると言いますか。
むやみに自分を責めると、心が重圧に耐えかねますから、節電したら「ちょっとはいいことしたぞ」ぐらいは思っていいのです。

>だからといって、もう冷房なしでの酷暑を乗り切る勇気はない。

もう何年も、都内の電車は冷房か暖房のオン・オフになってしまいました。その前には「エアコンを切っていますので、窓をあけて、涼しい空気を入れてください」というアナウンスがあったのです。

しかし、おそらく寒いほど冷房を入れるような暮らしは、もう戻ってこないと思います。
新しいルールを受け入れて、もうこんな不安を抱かなくていいような暮らしに切り替えていくしかありません。

それに順応できない、物を買い占めないと耐えられない老人たちから、順番に脱落していくから、大丈夫ですよ。

投稿: 廣田恵介 | 2011年3月16日 (水) 17時43分

個人的には今回の大地震で、普段の生活でまだまだムダがあったと、小さな事でもまだ出来る事がある、これに気がついたし、同時に世界中が意識改革のトキがやってきたのではと思う。

質素生活&節電節水。それがたとえ、未来の子供達への罪悪感を拭い去りたいが為にはじまったことであってもいいよね〜。

11日以降、まだ一度もスーパー行ってない。面倒くさいことと、並んでまで買い占めに抵抗を感じることがあって、落ち着くまでは何とか食いつないで、底をついたら、地震の影響がほとんど無いところに住む親戚から食料を送ってもらうことにした。それでいいかなと思う。「立派なゆずりあい精神」でしょう。

できるだけ、笑顔で子供達と不便を楽しんでたくましく生きていきたいです!

けーみちゃん、そのままでオッケーだよね?廣田さん(゚▽゚*)

投稿: ごんちゃん | 2011年3月16日 (水) 22時15分

■ごんちゃん様
今回のことで、少なくとも日本は変わるでしょう。それは、若いころ、小さいころにこれを経験した人たちが生きのびて、変えていくんだよ。
もしかしたら僕も含まれるかも知れないけど、頭を切り替えられない大人たちは、まず脱落していくでしょう。

>できるだけ、笑顔で子供達と不便を楽しんでたくましく生きていきたいです!

そうそう。「早くもとの生活に戻ろう」という考えは捨てること。世界が変わってしまったのだから、それに合わせること。
固執していてはダメなんだ。40年前のオイルショックの意識そのままで生きている人たちは、未来にとって邪魔です。石原さんも邪魔です。いらない人が生き残っても、まったく意味ないんで。

他人のことを考えずに買い占めている大人たちの姿を、子供に見せないほうがいいよ。あれは滅びゆく人たちの姿だから。

投稿: 廣田恵介 | 2011年3月16日 (水) 23時51分

廣田さん・ごんちゃん

自分が高校生まで、シャワーもない、ガス給湯器もない、レンジもない、水洗トイレもない、洗濯機は外で2層式、ゴキブリやらネズミの出る古〜いアパートに住んでいて、その後引っ越してもエアコンなんて勿論ない生活だったんです。
だから、節水節電節食は、昔の生活に戻っただけで、罪悪感は、それだけじゃ拭えないのかもしれないです。

たとえ報道されなくなっても募金を続けることですね!
それから、節電節水節食を自分の生活に取り戻すことなのかもしれないです。


あの頃の生活では、不便さから沢山の工夫が学べました。
ちょっと蛇口をひねればお湯や水が出る。
いつでも電気がついてる街では、夜の怖さがわからない。
恵まれ過ぎた環境が当たり前な我が子達には、電気のない夜を経験させるくらいいいと思っています。


真冬に外に置かれた洗濯機。
冷たい水の入った洗濯層から洗濯物を脱水機に入れ直す。
赤く腫れ上がって、湯気が立ち上っている母の手。
そして「今は便利になったんだよ。おばあちゃんは、全部手であらってたんだからね。」と毎日話す。
私は母になって、冬になるといつもその光景が浮かびます。

私が母として、我が子には何が教えられるか、、、

ごんちゃんへ
こどもと笑顔で過ごせてるよ。というか、こどもはやっぱり明るくしてくれるね。最強です。

投稿: ケーミ | 2011年3月17日 (木) 06時50分

■ケーミ様
>あの頃の生活では、不便さから沢山の工夫が学べました。

実体験ほど、貴重なものはありませんからね。
貧乏を知らない人とのギャップは、この歳になっても感じます。
小さい頃から豊かだった人は、ちょっとのことが我慢できない様に感じます。

僕も20代の頃、あまりに稼げなくて、かなりの貧乏生活をしていました。
その反動で、一人で暮らしていく分には困らなくなってからは、ずいぶん豪遊してしまいましたが……。
あれだけ遊んだんだから、もういいやって感じです。

>私は母になって、冬になるといつもその光景が浮かびます。

そのお話で、いろいろ思い出しました。
小学校のころは、近所にも木造平屋建てのボロボロの家に住んでいる友だちがいたのですが、彼は今、どうしているんだろう。
貧乏を体験している人たちは、こういう事態に強いはずなんですよ。

どうすれば、人の役に立てるかなあ…と、そればかり考えています。

投稿: 廣田恵介 | 2011年3月17日 (木) 11時16分

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