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2010年11月 4日 (木)

■プレゼント■

『ぼくのエリ 200歳の少女』、結局どうなったの?と聞かれました。
まずは、映倫からの回答書→こちら
この回答書現物のコピーを配給会社のショウゲートへ送付し、その上で電話しました(10/25)。ショウゲートさんは、私に文書で返答すべく準備中だったそうですが、長引かせても悪いので、その電話で、お話を聞きました。

結果、映倫からの回答にある「未成年者の性器の描写については、一般の映画館で上映するために修正する必要があると申請者に伝えてあり、修正の方法は申請者にまかせております。」――これは、虚偽だと判明しました。少なくとも、ショウゲートさんには、何の通達もなかったそうです。
ここで、映倫に再度、質問をしたところで「申請者には伝えてあります」の一点ばりでしょう。彼らは、嘘をつくことに慣れている。

それにしても、『ぼくのエリ』にかぎらず、映像作品の不自然な修正は、もう少し疑問視されてもいいんじゃないかと思っていたのですが、実はみんな、たいして気にとめてないんですね。
「モザイクがあるのは、問題があるシーンだろ」「モザイクが入らないなら、問題ないんだろ」程度の認識みたいです。「何か問題なら、しかるべき機関が何とかするだろ」的なスタンス。まして、「なぜモザイクを入れた?」と当事者に抗議するなど、思いもよらないのでしょう。

と、ここへ来て、『ぼくのエリ』に関しては、まったく別の方向から動きが出てきました。来年になってしまうでしょうけど、この問題に一石を投じることが出来れば……。


朝早くから打ち合わせだったのだが、こんなものをもらった。
101104_13270001中身は高級品だし、抱えるようにして電車に乗ったら、こういうものを気にするのは、やはり女性であった。結ばれたリボンは、ただそれだけで、ひとつの物語だ。

萩尾望都の『アメリカン・パイ』を読んだ。深窓の令嬢のくせに、少年のような格好で街をふらつくリュー。性別はもちろん、過去からも自由なリューは、それゆえに死にさらされ、永劫の時という深淵をのぞいてしまう。
リューという個体は滅びても、その存在が忘れ去られても、彼女の想いだけは残りつづける。
自由とは、執着を忘れること。実は、とても死に近いのだ。


『アルプスの少女ハイジ』、ペーターがそりを手作りする話。工具の使い方が、どんどん上手くなっていく。これは、実際に工具を使ってみないと描けないよ。
こんな作品を当時の子供たちが理解し、CS放送とはいえ、いまだテレビで流れつづけているという事実。


たまには、アカデミー賞候補作も見なければ、と思い、編集に教えてもらった『ブラッド・ダImagesイヤモンド』。紛争ダイヤだけでなく、少年兵の問題も扱っている。

すっぱりときれいに終わるんだけど、こういうモチーフは、どこか不合理な割り切れなさを残したほうが、問題意識が残って良いのではないかと思う。その暗いドンヨリ感が、次へと興味をつないでくれるから。

(C)Lonely Film Production,cortesy of WBEl

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コメント

>こんなものをもらった
これはアレですね。こいつでヤりながら観る新子がまたいいんだ。

投稿: キサ | 2010年11月 4日 (木) 20時37分

 投げかけの波紋が跳ね返ってこなかったこと、傍観者の立場で申し訳なく思いながらも、無念です。

 どうでもいい、というのは立ち止まって考える機会を持たなかったからで、よく考えてみるとこれはこういうことだぞ、と意が通れば身を乗り出して聴いてくれる人も少なくないのではないかと思っていたのですが……。

 ただ、これから次の展開もあるとのことなので、今後の好転に期待しています。廣田さんの活動が無駄にならないように、できることでサポートできればいいのですが。がんばりましょう。

投稿: 地元記者(ナ) | 2010年11月 4日 (木) 22時32分

■キサ様
えーっ、ホントに使ってるんですか…(笑)
僕、怖くてリボンもといてないです。こういう物の扱いに慣れてないんです。

■地元記者(ナ)様
いえ、頑張るべきなのかどうなのか、この一ヶ月で分からなくなってしまったのです。

とりあえず、映倫からの回答(らしきもの)を得たまでは、間違っていなかったと思います。
ただ、それを配給会社にフィードバックしても、お互いに不愉快な思いと無力感を味わっただけだった気がします。

それから、皆が無関心なのは責められません。
映画だのテレビだのに限らず、「どこかの誰かが何とかしてくれる」意識は、僕らの小学校のころから、もう蔓延していましたから。「先生に怒られることさえしなければいい」という、消極的優等生。それが、今の日本人の平均だと思います。

投稿: 廣田恵介 | 2010年11月 5日 (金) 00時11分

>実はみんな、たいして気にとめてないんですね。

その人にとって、大切な作品だったことがないからでしょう。
通りすがりの観客にはない知恵と勇気とエネルギーが必要ですから…


日藝の芸術祭に行ってみましたよ。進学相談会も^^

投稿: kyasリン | 2010年11月 5日 (金) 09時53分

■kyasリン様
たとえば僕は、都条例の改正案は通ると思っています。みんな「まさか、あんなものが通るわけがない」と笑うでしょうけど、だからこそ。

>日藝の芸術祭に行ってみましたよ。進学相談会も^^

すっかり忘れてました。もうそんな季節ですか。
芸術祭は毎年、授業以外でつくられた自主映画の上映会をやっていました。「授業以外」というところがポイントです。

投稿: 廣田恵介 | 2010年11月 5日 (金) 13時50分

>「授業以外」

自由に作れる、ということでしょうか。
(学科じゃなくてサークルや同好会単位?)
映画はアニメと、特撮を1本ずつ観ました。
パンフにジャンル別の索引を、とリクエストしてくれば良かったかな。
盛りだくさんで、どれが何だか読み取る努力をせずうろうろしたので。
来年も行きそうです(笑)

投稿: kyasリン | 2010年11月 5日 (金) 18時40分

>都条例の改正案

こういうのはいつも先に文章ができてしまって現場が困ってるケースが多いような。
「賛成」じゃなくて「反対じゃない」「どうでもいい」のも賛成票になりますからね…

投稿: kyasリン | 2010年11月 5日 (金) 18時57分

■kyasリン様
>自由に作れる、ということでしょうか。

いえ。作りたいヤツは、ほっといても作るんですよ。「授業で作らせてくれない」とかぼやいているヤツは、学校に依存しすぎです。

>「賛成」じゃなくて「反対じゃない」「どうでもいい」のも賛成票になりますからね…

行政と国民の関係って、単なる腐れ縁ですよ。「別れるのはめんどくさいから、今の関係を維持する」みたいな感じ。


投稿: 廣田恵介 | 2010年11月 5日 (金) 19時28分

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