« ■女とうまく付き合うよりも、自分とうまく付き合うんだ■ | トップページ | ■映倫からの返答■ »

2010年10月14日 (木)

■プリキュアのコンパクト・ミラー■

10/27開催の『ギャラクティカ』ファイナル・イベントのお知らせ。
1027galactica_finalevent_2
新宿バルト9にて、シーズン1第一話『33分の恐怖』と、シーズン4最終話『黎明期(前後編)』のエクステンデッド版をDLP上映。応募はこちら
実写版『ヤマト』の公開前に、ぜひ『ギャラクティカ』を! ……でも、パクること自体は、そんなに悪いことだとは思わないんだよな。単に、不勉強な評論家だかレビュアーだかが、『ギャラクティカ』を知らないで『ヤマト』を語る状況が、イヤってだけなんだ。


昨日、シビアな話をしにファミレスに入ったとき、レジ前に『プリキュア』のコンパクト・ミラー型のおもちゃが売っているのに、気がついた。
そんな物を買えば、すこしは、優しい気持ちになれただろうに。そんな愛らしいものに手を出してしまう自分を、すこしは許せただろうに。

大人らしく、男らしくアイスコーヒーなんか飲んで議論している自分より、他愛もない女児向け玩具を買ってしまう自分のほうが、僕は好きだ。
地下鉄に乗ると、いかにも「43歳の男性」らしい、単純で獰猛な気持ちが沸き起こってきた。その怒りと闘争心は、火山の噴火のようなもので、止めようがなかった。

向かい側の席では、制服姿の女子中学生が、ひっきりなしに笑いあい、手をとりあい、冗談をいいあって、なにか約束をして別れた。先に駅を降りた子が、遠く離れても手をふっている。車内にのこったほうの子は、聞こえもしないのに「明日、忘れないでね」と大声で呼びかけている。
僕も、そんな気分になりたかった。仕事であれ何であれ、人と会うからには。

こんな時、カバンの中から『プリキュア』のコンパクト・ミラーが出てきたら、きっと嬉しくて泣いてしまえただろうに。
僕は強くて獰猛で卑怯者で、しかし優しく可憐で軟弱でなければならない。そうでなければ、僕は僕を愛せない。

他人が憎いのは、きっと自分を愛しきれていないからだよ。


『STAR DRIVER 輝きのタクト』と『それでも町は廻っている』が、すばらしく面白い。このあふれ出る豊かさに、身をゆだねていたい。
言葉にすれば、この面白さは逃げていってしまう。言葉で伝えるほど、確実に何かが磨り減ってしまう。だけど、それを恐れてはいけない。伝えることって、大事だから。

Film (c) 2007/2008 Universal Studios. All Rights Reserved.

|

« ■女とうまく付き合うよりも、自分とうまく付き合うんだ■ | トップページ | ■映倫からの返答■ »

コメント

そんなに欲しかったんだ『プリキュア』のコンパクト・ミラー…
って話じゃないですね。(;´▽`A`` シツレイ
何やら思い詰めてらっしゃいますね。
そんな時は、鏡にうつった自分の顔を見つめて泣くと良いかも(根拠なし)
これは大きい鏡のほうがいいですね(根拠なし)
…コメント書かないほうが良かったかなぁ。。。

投稿: kyasリン | 2010年10月14日 (木) 13時38分

 理屈をこねているとき、怒りを表現にぶつけようとしているときなど、「俺はなにをやってるんだ」とふっと力が抜けるときがあります。個人的には両方あるからいいんだと思ってます。ぼちぼちで、参りましょう。

投稿: 地元記者(ナ) | 2010年10月14日 (木) 14時33分

なんだろう..年齢とか関係なく「自分らしくないな」「違和感を感じるな」ってことを無理してやっても、全然プラスにはなってないんだよね〜。もうあれこれ考えないで、責任を持った上で「感」をたよりに生きた方が、私は自分らしいと思ってて。その分、他人に対しても寛容であればもっとカッコイイもんね〜!
あれ!そういう話ではないか?

投稿: ごんちゃん | 2010年10月14日 (木) 19時04分

■kyasリン様
本当に思っていることは、言葉にならないんですよ。だから、子供はオモチャを欲しがるのだと思います。
大人だって、ぎゅっと抱きしめないと伝えられないことって、あるじゃないですか。

鏡は苦手ですね(笑)
自分が男でしかないことを、いやおうなく、つきつけられてしまうからです。
やっぱり、自分を美しいと思いたいものですよ。オッサンでもね。

■地元記者(ナ)様
いいタイミングで、映倫から返答が来ましたよ! って、……まだ封を開けていないので、質問の答えかどうか、分かりませんが、燃料投下ですね。

ぼちぼちしているヒマも、ないみたいです。

■ごんちゃん様
俺だって、たいして考えてないよ。でも、人前でめそめそ泣けるほど、自分を許しちゃいないんだ。他人ではなく、自分に寛容であるべきなんだ。自分を抱きとめてやるべきなんだ。その思い切りがないから、くやしいんだ。

大人も男も、なかなか面倒だ。女子中学生に生まれたかった。

投稿: 廣田恵介 | 2010年10月14日 (木) 19時42分

> 「43歳の男性」らしい、単純で獰猛な気持ち
それもまた「そこに存在してていいんだよ」と認めて構わないような…そんな風に思います。
公平かつ理性的でありたいと願っていても、「○歳の女性」らしい理不尽で自己中心的な感情の嵐がしょっちゅう吹き荒れる身としては(汗)
女子中学生はもれなくココに辿り着くんですよ~~、覚悟はいいですか?(笑)

全然関係ないんですが、ダライ・ラマ14世が「私は肉食をしますが」とおっしゃった時、何かスッと腑に落ちるような心地がしました。
そりゃそうです、遊牧民族であるチベット人が肉を食べないはずありません。
その時のお話を、私は「戒律は人を縛るものではなく、人や社会を善導する思考を促す装置である」と理解しました。
ダライ・ラマもまた、常にご自分の行為や思考の針が極端へ振り切れることがないように検証なさっているとか。
寛容へ辿り着くのはホントに難しいけれど、道が無い訳じゃない。
そのことが、なんだかとても大きな救いに感じられました。

投稿: やや矢野屋 | 2010年10月14日 (木) 22時52分

■やや矢野屋さま
ようは、「赦す」ってことなんですよ。自分も、他人も。ダライ・ラマも、自分を赦している…と言えるんじゃないですか?

今日は抽象的なことばかり書いているけど、「その時、もっとも適切な自分」でありたいんです。絶対に必要なときだけ、女子中学生の笑い方で人に接することができれば、それ以外の時間は、どんな汚い中年オヤジでもいいじゃん?と思うんです。

こんな悲しいときに、ちゃんと涙を流せる自分は美しいな、正しいなって、ちゃんと思いたいの、僕は。
「大人なんだから、泣くのはこらえるぜ」とか意地はってる自分が、イヤなんすね。赦せないんです。

投稿: 廣田恵介 | 2010年10月14日 (木) 23時25分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ■プリキュアのコンパクト・ミラー■:

« ■女とうまく付き合うよりも、自分とうまく付き合うんだ■ | トップページ | ■映倫からの返答■ »