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2010年10月 4日 (月)

■全興連、観客が規制に怒るのは「致し方なし」■

日曜夜、立川シネマシティにて『おにいちゃんのハナビ』。
100430_hanabi_main77席中、5人ぐらいの入りだったかな。
今まで、ゾンビや死霊を演じてきた谷村美月が、いまさら坊主頭になっても、あまり驚くファンはいないだろう。本人も、インタビューではケロッとしてたし。

映画の前半では、白血病の谷村が、ひたすら引きこもりの兄をはげまして、地元で有名な花火大会に出るよう、すすめる。
いやはや、これは強引な展開だ。谷村演じる妹に、そこまで兄をリードしなくてはならない動機がない。でも、無茶を納得させるのが、常に谷村美月という女優に与えられたミッションだから。

谷村美月は、野球でいうとキャッチャー。ピッチャー(制作サイド)が、どんな魔球を投げてきても、泥まみれになって受け止める。
『おにいちゃんのハナビ』も、そうですよ。明るく健気で、行動的で、ユーモアのセンスもあって……って、こんな都合のいい妹、いるわけない。でも、谷村は、パーフェクトに演じきる。パーフェクトに、客を説得してしまう。


女優って、顔がよければいいとか、演技力があればいいってわけじゃないんです。
映画のために、自分を殺せる女優こそが女優であって。「私が、私が」って、我を通すような人は、好きじゃないです。
そういう意味では、ストーリーには泣けなかったけど、谷村の徹底した仕事っぷりに泣かされた。「うわ、こんなダサいセリフ、言わなくてもいいのに……」と思うんだけど、セリフを丸暗記してくる谷村は、ちゃんと血の通ったものにしてしまう。

今年20歳。もう、女子高生役も限界でしょう。高校の制服が着られなくなってからが、勝負だと思うんだけど、どうなるかな。『明日やること ゴミ出し 愛想笑い 恋愛。』は、社会人役で主演。今週末から、新宿バルト9で公開。


さて、本日も『ぼくのエリ』関連のニュースです。
Bokueri日本のほとんどの映画館が加盟している全興連に、さらなる質問をしたところ、やや遅れて回答が来ました。眞保徳義事務局長、「全興連も黙りこんだ」などと書いてしまい、大変失礼しました。

ひとつめの質問は、私の単なる揚げ足とりだったので、割愛します(要望があれば公開します)。
問題は、ふたつめの質問「2.画面の一部を傷つけ、それを見て憤慨した観客については、どうお考えですか?」
それに対する、眞保事務局長の答えは、以下です。

2.につきましては、一部修正された映像を見せられたお客様の残念なお気持ちは分かる気もしますが、現在のありようの中では致し方ないのではないでしょうか。

致し方ない? ようするに、映倫の決めたことだから、お客様は我慢しろ、と?
そして、「現在のありよう」とは何か。なぜ、表現規制を認めた本人たちは、このような抽象的な言い方しかできないのでしょうか? スウェーデン大使館は「日本の法律に従う」と言いましたが、いったい、日本のどの法律に従っているのかは、教えてくれませんでした。

私たちも、スウェーデン大使館も、全興連も、「空気」に口をふさがれている。 
繰り返しになりますが、この状態が「規制をされている」「統制されている」ということなのです。

『ぼくのエリ』(映倫検閲バージョン)は、現在も公開中です→劇場情報

(C)2010 「おにいちゃんのハナビ」製作委員会
(C)EFTI_Hoyte van Hoytemahttp://pia-eigaseikatsu.jp/piaphoto/title/240/154212_1.jpg

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コメント

先にお断りしておくと、私はじつは100%無条件に表現の自由が保証される、とまでは思っていません。今現在でも風説の流布や特定個人、団体への誹謗中傷など「直接的実害の伴うもの」は法的規制がありますし、他人の人権を本当に侵害してしまうならそれはやむを得ないことです。

ただ件の映画の描写に果たしてそうした緊急性があるかと言うと、さすがにそれは感じられません。恐らくその映画をそのまま公開しても、誰も困らないでしょう。

いったい誰のためにやっていることなのか。「観たくない人が観てしまわないように配慮する」という考え方はアリだと思うのですが、「観ても誰も困らない」ものを「自分から観たいと思っている人にすら見せない」安易な規制は間違いなく民主主義に反していると思います。

また「子供のため」論については、子供に何を見せ、何を見せないかは本来“親(または身近な大人)が”判断すべきことだと思っています。親の教育だって刷り込みには変わらないのですが、少なくとも全ての子供(=人間)に画一的に「これが正しい価値観だ」と教えてしまうことがいい結果をもたらさないことは歴史的にも自明です。

今のところ映倫は業界による自主規制団体ということになっていますが、これがもし公的権限を持ち始めるようになれば、それこそ監視社会に繋がりかねません。他の分野でもこうした規制の動きが広まっているだけに、注意を払い続ける必要がありそうです。

投稿: yoh | 2010年10月 5日 (火) 04時01分

■yoh様
コメントありがとうございます。おかげで、少し冷静になれました。

今の映倫は、とにかく権限が大きすぎるのです。映画界を支配・統制している、といっても過言ではありません。前にも書きましたが、WEB配信やソフトにまで、映倫に審査の権限が拡大され、その審査過程は不透明で公平性を欠いています。

>いったい誰のためにやっていることなのか。

映画が検察に訴えられたとき、映倫が配給会社や制作会社を守ってくれる…と聞きます(実例は、寡聞にして存じませんが)。
しかし、今回の件は、近年の規制強化の動きを見て、フィルムに傷をつけるよう、映倫が指示したものです。「臭いものにはフタ」以上のものではない、と思います。
……と、このような見方が間違っている可能性を考慮して、映倫に事実か否かを問う質問状を送付したのですが、返事はありません。

>少なくとも全ての子供(=人間)に画一的に「これが正しい価値観だ」と教えてしまうことがいい結果をもたらさないことは歴史的にも自明です。

仰るとおりです。しかし、映倫の決定に誰も逆らえない以上、実質的には公権力と化してしまっているのではないか、と私は考えます。
映倫の検閲(もはや審査ではなく検閲です)は歴史が長いせいもあり、児童ポルノ法や都条例のように、ニュース性のあるものではありません。
そのため、マスコミからも見過ごされるようになってしまいました。もはや、観客が注意深くなる以外にないと思います。

投稿: 廣田恵介 | 2010年10月 5日 (火) 08時42分

作り手は作品は子供というけど、他人から見られないように隔離したり切り刻むのは児童虐待で即逮捕な状況では?
とか。
作品は作者のオナニーという論もあるけど、検閲や自主規制って丸めたテッシュを口に入れるような行為で、そういう性癖は一般的ではありませんよ。
などと思う昨今で。
大人にはいらない仕組みだと思うので、応援しております。

投稿: おおた | 2010年10月 5日 (火) 13時19分

■おおた様
コメント、ありがとうございます。
私も、「大人にはいらない仕組み」だと思います。観客は、ちゃんと判断力を持っています。

たった5人の審査委員が「これは見てよし」「これは見てはダメ」と国民に押しつけ、全国3千の映画館が、文句ひとつ言わずに従っている。あまつさえ、映画館を束ねる団体が「致し方ない」とまで言う。観客に対する説明義務を、放棄している。
この状況は、異常です。

投稿: 廣田恵介 | 2010年10月 5日 (火) 13時46分

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