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2010年10月23日 (土)

■自分の中の少女を探そう■

ついに買ってしまった。百均ショップで気になっていた、子供向けのキラキラしたシール。
101022_15470001何種類もあったんだけど、一枚だけしか残ってなかったやつ。よく見たら、左右の目の色の違う、ゴスロリなアリスでした。こういう狙ったやつじゃなくて、もっと抽象的なのがよかったな。花とか、星とか……。

でも、3ミリぐらいしかない、ちっちゃーいハートがラメラメで光ってたりすると、胸がドキドキしますよ。
あと、タグのところに、ウサギのような謎の動物、さくらんぼやクレヨンが描いてあって、それがまたチープで、可愛いのです。
この冬は、小さなクリスマス・ツリーを買ってしまいそう。だって、可愛いじゃん。

ところで、レジで清算してくれたのは、お気に入りの店員さんでした。
赤茶けた短い髪を、くしゃくしゃにした子でね。小さな鼻が泣きはらしたように赤くて、そばかすが散っている。どうかすると、少年のように見える。
「きれい」とか「セクシー」とかさ、女だからって、そんなもん目指さなくてもいいんだよ。

同じように、オジサンが可愛い子供向けシール買ってもさ、人前でキチッとした格好していれば、それでいいの。


初音ミク……というか、ryoさんの曲の中では『メルト』は好きです。
で、その『メルト』について、ITメディアニュースの女性記者が「そういう文脈で、メルトとか一部のメジャーなミク曲の詞がすごく苦手。男性の女性への願望を、ミクという女性に仮託して歌わせているのが・・・」とつぶやいたことについて。
「この女、潰そうぜ」とか「嫉妬だろ」とか、逆に「やっぱり『メルト』はキモイ」とか、そういうステレオタイプな反応しかできないから、オタク文化って幼稚なままなんだよ。で、私はオタク文化は市民権を得られないからこそ、エネルギッシュなんだと思っているから、幼稚なのはかまわない。

『メルト』に限らず、女性の心をボーカロイドに歌わせるという行為自体、作者が自分の中233a5896 のアニマ(女性性)に積極的にアクセスしているわけで、願望でも妄想でもない。「好きなの」とか「泣きそうなの」とか、それはryoさんの心の声。本物なんだよ。心に性別なんてないんだよ。

自分のアニマを認め、受けいれて、愛してやるんだ。性別という牢獄から、自分を解放するんだよ。


NHKの『プロフェッショナル』で、次回作をつくってる宮さんが「意地と見栄」と言っていたけど、それで生きていけるのは、あの世代だけですから。
いやいや、待った。宮さんのアニメに出てくる少女って、すべて宮さんのアニマじゃないですか。原作の『ナウシカ』が王蟲の抜け殻を見て、「すてき!」とか「きれい…」とか言うでしょ。『メルト』の歌詞と同じだよ(笑)。

自分の中の少女を探そう。その少女は、君のことをキモイなんて言わない。メールしたり、デートに誘う必要もないよ。だって、生まれたときから死の瞬間まで、ずっと君の心の中にいるんだから。
現実社会に厳然と君臨する「性別」に押しつぶされるぐらいなら、自分のアニマを見つけだして、絶望とおさらばしたほうがいい。心の中だけは、無限に自由だから。

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コメント

この話題について読ませていただくたび、「今の子たちってそんなに不自由な気持ちを抱えているんだろうか」とビックリしてしまいます。
女の一人称で歌を作る男(あるいはその逆)なんて、古今東西いくらでもいるではないですか。
阿久悠さんが「女心の未練」を訴えてもいいし、淡谷のり子さんが「そんな女なんて御免だわ」って言ってもいい。
その自由さこそが、文芸の醍醐味だと思います。

廣田さんお気に入りの店員さん、文章から受けたイメージだと萩尾望都さん「アメリカン・パイ」に出てくるリューみたいです。
生まれ故郷から遠く離れ、それまでの自分とはまったく違う姿で「生きる」ことを見つけた子。
考えてみたら、萩尾さんの漫画はどれも「魂の自由」について深い示唆を与えてくれますね。

投稿: やや矢野屋 | 2010年10月23日 (土) 02時34分

■やや矢野屋さま
……すみません。僕が勝手に不自由がっているだけかも。
でも、僕らが若いころの浮ついた恋愛至上主義って、ものすごいプレッシャーでしたし、『電車男』だって数年前でしょ。勇気を出して酔っ払いを怒鳴りつけて、その上さらに「男」として磨きをかけて告白しなきゃ失格だって、どんだけ苦行なんだよって思いますもん。
そして、日本の自殺者の7割が男性です。これで苦しくない、とは言わせません。

>萩尾望都さん

すみません、『11人いる!』しか覚えてないです……と思ったら、フロルがいましたね。男でもなく女でもない。もう、どれだけ憧れたでしょう。
映画『ぼくのエリ』は『ポーの一族』と言われているし、まとめて読み直してみます。

『三つ目が通る』の和登さんとか、女なんだけど男勝りなヒロインが、小さいころから好きでした。

投稿: 廣田恵介 | 2010年10月23日 (土) 05時13分

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