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2010年10月17日 (日)

■最近、殺伐としていたのでアニメの話をするぞ■

『それでも町は廻っている』のOPは、カッコいい。
8b6052c54f6dc1883ed236298a13df23_2(←これはキービジュアルであって、OPの絵ではありません)
まず、ステージショーという体裁にして、構図に制限をかけているところがいい。ステージなんだから、カメラは基本的に正面に向けてフィックスするしかない。

冒頭で、歩鳥がトレーの裏を正面に向けたまま、水平方向にくるくる回すが、これは「平面的な動きしか出来ませんよ」というフェイントである。すぐさま、トレーを垂直方向へまわすと、手品のようにコーヒーを出す。その小さな動きで「オッ?」とつかまれる。
そして、そのコーヒーを画面手前に向けて、ドバッと大量にこぼしてしまう――ようするに、「カメラ・アングルが固定されているから、平面的な動きしかできない」と見せかけておいて、「実は、工夫次第で立体的な動きができるんだよ~」と裏切ってくれるわけ。

中盤、歩鳥が虫眼鏡をとり出して、カメラに向けると、彼女の目がレンズの中でぐわっと大きくなる――これも水平→垂直への動きの変化。
僕が好きなのは、タイトルが出た直後のカット。歩鳥がステップを踏みながら回るところ。カット頭では単調な動きに見せておいて、振り向きざまに画面外からデッキブラシを取り出し、一気にカメラ手前まで寄る――という、フェイントの効いたアクションになっている。
ところが、その次のカットでは、デッキブラシを持った歩鳥が体を「横に」動かし、デッキブラシを「水平に」回すという、平面的な動きに絞っている。
これら縦横のメリハリが、実に「ステージショー」っぽい。カメラ・アングルや画角に頼らずに、芝居でダイナミズムを出そうとしているところが、カッコいい。

OPディレクターの梅津泰臣さんは、そんなこと言ってない……じゃなくてさ、こういうのは自己流で解釈するのが、楽しいわけです。
なんかさ、「私がこのアニメに感動したのは、監督のテクニックのおかげだ」って言うの、卑怯に聞こえるんだ。感動したのは、あなたでしょ、と思う。


TBSチャンネルで『けいおん!』第一期、12話。唯が風邪で倒れて……という例によってプロットだけ聞くと「ふ~ん」という程度のお話なのだが、なんというか、このアニメは空気を描いている。
Story01_2美術予備校に通っていたころ、「モチーフを描くんじゃない。モチーフを使って、空間を描くんだ」と講師が言っていたのを思い出す。

唯が部室で横になっていると、澪が「学園祭当日まで、来るな」と言う。出入り禁止を言い渡されたとかんちがいした唯が半身を起こすと、おでこに乗せていた手ぬぐいが、ずり落ちる。まあ、よくあるショックの表現だよね。
ところが、この「手ぬぐいの落ち」を一ひねりしている。澪が「そうじゃなくて、本番までに風邪を治すこと」とオフでしゃべっているのを聞いているうち、手ぬぐいは唯の顔の前を落下する。唯は、手ぬぐいを受け止めようと、無意識に両手を出す。ところが、手ぬぐいは唯の手をすり抜け、フレーム外に落ちる。唯が手ぬぐいを受け止められなかったことで、彼女が二重のショックを受けたことが伝わってくる。
このアクションは、唯の芝居だけでは成立しない。手ぬぐいの重さ、落ちる速さ、そして落ちた瞬間の音――が加わらないと、成立しない。だから、このアニメは「キャラ萌え」なんて言葉では説明しきれないのだ。

このカットで、俺は澪の優しさに感動もしなければ、甘やかされた唯の気持ちだって理解はできないよ。でも、「ゆっくりずり落ちる手ぬぐい」によって、その世界が確かに「ある」と感じられる。アニメが面白い、というのは、僕にとっては、そういうこと。

――にもかかわらず、ギターを持ってステージに駆けつけた唯が、「こんな私のために、みんな……」って泣くシーンで、じーんと来た。あんなベタな演出なのに。そんなこともあるから、作品を見ていくのは面白い。

(C)石黒正数・少年画報社/それ町製作委員会
(C)かきふらい・芳文社/桜高軽音部

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コメント

映画の本をいくつか持っているのですが、そのうちの1つに「映画技法のリテラシー」というのがありまして。

これを読んだら、少なくとも「映画はストーリーだ」とか、「技術が素晴らしいから、よい映画だ」とか、言えなくなる本でして。

この本ではミセザンヌ、アニメでいうレイアウトですが(ですよね?)、そういうものに興味を持つ観客って、少ないんでしょうかね? ネットでも、語る人が少ない。

音を消してアニメを見ると、そういうものがすごくよくわかる。消音にしてアニメを見てたことがありますが、面白いですよ。絵が語りかけてくる。

「まほろまてぃっく」の第1話、何気ない場面なのですが、少年と少女がはじめて出会う時、やたらとぱかぱか絵が変わる。ああ初対面だから緊張してんだなー、音声オフってるから何言ってんのかわからないけど、とか。

近田春夫さんがいった「理想の等身大」という言葉があるのですが、「けいおん!」を見て、それを思い出しました。

私は萌えはよくわかりませんが、彼女達がうらやましいな、とは思いますね。

投稿: 浜長和正 | 2010年10月18日 (月) 03時52分

■浜長和正さま
>そういうものに興味を持つ観客って、少ないんでしょうかね?

いえ、さっきの検閲や規制強化の話ではありませんが、存在すら知らないので、興味を持てないんだと思います。
ネットは「三行で説明しろ」という文化ですから、分からない言葉が出てきたら、スルーされてしまいます。

音声をオフにしたり、コマ送りで見たりすると、「マニア」とか「作画ヲタ」ってことになってしまう。
映画だってそうですね。三行どころか、★★★で結論を出されてしまう。

今日、あるアニメの本の打ち合わせに行きますが、そういう時流の逆をいく本にしたいようなので、今から楽しみですよ。

投稿: 廣田恵介 | 2010年10月18日 (月) 07時32分

「ミセザンヌ」ではなくて、「ミザンセヌ」でした。ああ恥ずかしい。

それと、「まほろまてぃっく」は、例えとして、ちょっと変ですね。

これは、「レイアウト」や「動き」ではなくて、「編集」ですね・・・

投稿: 浜長和正 | 2010年10月18日 (月) 21時24分

■浜長和正様
ミザンセヌ……ちょっと調べてみましたが、確かにアニメのレイアウトに相当するようでいて、しかし「レイアウト作業」自体は一工程に過ぎないので、そのものスバリとならないようです。
でも、そこが実写の面白さ、映画の面白さですね。

>これは、「レイアウト」や「動き」ではなくて、「編集」ですね・・・

いえ、レイアウトや動きがなくては、編集自体が成り立ちませんから。
こうやって、ちょっと考えるだけで、映像の組み立てって、面白いですね。ストーリーがつまんなくても、演出がいい映画ってあるのにね。

投稿: 廣田恵介 | 2010年10月18日 (月) 23時44分

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