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2010年9月23日 (木)

■自殺するなら、萌えてしまえ■

モデルグラフィックス 11月号 25日発売
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●GM特集・エッセイ(?)執筆
編集から電話がかかってきて、「GMバカになってください」とか言う。いや、「ガンダムとGM、どっちが好きですか」って聞かれたのか。
東海村原八氏が「ちょっとしたGM」について批判するので、それと対立する文章にしたいんだけど、そのことは一度、忘れてくれとか何とか。

この本の場合、たいてい、いい方向へ転倒するので、そんなに心配はしてませんけどね。見本誌、楽しみ。


ここ数日間の『けいおん!』批判関連は、面白かった。
ただ、『けいおん!』叩きと京アニ叩きがゴッチャになってるのは、あまりに短絡。たぶん、「ジブリ作品=宮崎駿監督作ぜんぶ」みたいな捉え方が、癖になってるんだと思う。
「ガンダム=サンライズのすべて」じゃないでしょ。『カラフル』だって作ってるでしょ。

関東に住んでる人なんて、憶測でモノ言ってないで、どっかスタジオ見学させてもらえばいいじゃん。あちこち電話すれば、必ずどこか見学させてくれる。そういう努力もなしに、頭だけで考えすぎ。

それと、監督とか脚本家って、そんな独裁的な権限はないですよ。脚本家は、必ず打ち合わせに出て、各社プロデューサーの要望も聞き入れてまとめるわけだから、一人で好き勝手に書いてるわけじゃない。
スタジオだって同じこと。局やメーカーと話し合いながらつくってるに決まってるでしょ。特に『けいおん!』なんて、TBSの声がでかいはずだよ。全国28局に『けいおん!』を流してるTBSは攻撃しないの?

そういう「現実」は見ようとすらしないんだな、と。


それと、「成長」とか「大人」って言葉が飛び交ったけど、Twitterで思考がダダ漏れになっているお子様から、「大人になれ」とか言われてもなあ……。

「萌え」という言葉が、どれだけゾンザイに扱われてるか、よく分かったしね。
萌えが病だったら、現実の恋愛は病ではない? 実在する異性に頼ったら、それは依存じゃないの?
萌えが病だとしたら、病こそナメてはいけないと思うのですよ。


ある人から、『すべてはモテるためである』という本が送られてきた。恋愛ハウトゥ本です。
07なんとなく予感がして、最終章から読みはじめたら、「アニマ」の話が出てきた。ユングのいう、「男の中に抑圧されている女性性」のことですね。

この本の脚注に、「男は女を愛するのではない。女の肉体を通して自分のアニマを愛するのである」と書かれていたけど、非常に納得がいった。
『けいおん!』には女の子しか出てこないけど、単に彼女たちを犯したい、異性として征服したいと思っているファンなんて、少ないんじゃない?
あの4人か5人の中に、抑圧された自分の女性性を見てしまい、だから他人事とは思えないって人が、ほとんどじゃないかな。
いまの社会で「男」をやるのが、どんだけ大変かってことだよ。「男らしくなれ!」と抑圧されればされるほど、アニメの女の子の中に「解放された自分」を見出して、それを愛さずにいられない。
それの何がいけないんだろう。自分を肯定する、自分を許す、自分を愛する。それが出来ないから、年間10万人も自殺者が出る(自殺者の比率は、男のほうが圧倒的に高い)。

昼間は「男」として働き、このクソな社会に貢献し、夜中に帰宅して、美少女キャラを通して「自分」をいたわる。そのアニメの中では、葛藤も抑圧もない。あってはならない。
自分の女性性を解放してあげるのが、目的なわけだから、綺麗で、柔らかい世界がいいに決まっている。

翌日、また頑張って働いていけるんなら、オフタイムに、いくら美少女に自己投影したっていい。心の自由のためになら、あらゆる逃避が許されるべき。他人が、とやかく言うことではないね。

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コメント

こんばんは。
アニマのくだりを拝読してて、故中島梓さんのやおい論を思い出してしまいました。
初期の耽美小説には、書き手/読み手の「女性である生き辛さからの逃避」があり、「女性の介在しない恋愛こそが彼女らの福音であるという切なさ」を全力で擁護する、というものです。
「あの頃女性が感じていた生き辛さを、今は男性も自覚せざるを得ないのか」と考えると物悲しくなってしまいますが、「生き辛さを表出する手段を手に入れたのだ」と前向きにとらえるべきなのかもしれませんね。
手前味噌な告白ですが、私の「ヤマト好き」「真田さんへの傾倒」は、明らかに「アニムスによる自己実現」の過程でした。
これなくしては、私は私でなく、また己の人生の主人となることが出来なかったと断言できます。
> 心の自由のためになら、あらゆる逃避が許されるべき。
全面的に同意いたします。

投稿: やや矢野屋 | 2010年9月23日 (木) 22時37分

■やや矢野屋さま
こんばんは。嬉しいコメントです。
この恋愛ハウトゥ本を送ってくれた方は男性ですが、「むしろ、やおいやBLに対して、理解が深まるのでは?」と薦めてくれたのです。
昔はそれこそ、『JUNE』ぐらいしかなかったと思いますが、私の理解のおよぶ世界ではありませんでした。

でも、今はBLという言葉も出来て、女性のほうが物事にシビアだし、強く生きている印象があります。
あなたがそうなさったように、「自分の中の異性」を受け入れれば、人生観も世界観も広くなり、鷹揚に生きられます。

だけど、男は自分の内面に女性がいるなんて、なかなか認めたくないわけです。だから、「萌え」は軟弱だと罵られるし、恥ずかしいと萎縮してしまう人たちも多い。
「性」って身体の問題じゃなくて、心の問題なんだと、よく分かりますね。

自分の中に異性性を認め、受け入れることで、無用なコンプレックスを解消し、生きるのに必要な「強さ」を手に入れることが出来ると思うのです。

投稿: 廣田恵介 | 2010年9月23日 (木) 23時39分

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